■ 核兵器・核軍縮 報告:NPT2000年再検討会議 −−「究極的廃絶」から「完全廃棄の明確な約束」へ 川崎哲・梅林宏道(ピースデポ) ■ はじめに 核不拡散条約(NPT)の第6回再検討会議が、4月24日から5月20日までニューヨークで開催された。「核兵器完全廃棄への明確な約束」を盛り込んだ最終文書が全会一致で合意されたことが最大の成果である。この合意の達成には、「新アジェンダ連合(NAC)」の交渉力とそれを支えた世界の核兵器廃絶NGOの役割が大きかった。被爆国日本は、「核兵器国との協調的アプローチによる調整努力」をうたったが、そのアプローチは失敗に終わり、日本の核軍縮外交は転機を迎えた。同時に、国際社会は、「明確な約束」をどう実行に移すかが問われる段階を迎えた。日本の市民と非核自治体には大きな課題が課せられた。 ■ 1.NPT再検討会議とは 1.NPTとは 「核兵器の不拡散に関する条約」を略してNPT、あるいは核不拡散条約と言う。1968年に成立し、70年3月5日に発効した。日本は70年2月3日に署名したが、批准したのは76年6月8日である。 条約は、発効後25年の後に、有効期間について再検討することを定めていたが、25年後の1995年に開かれた再検討・延長会議において、NPTは無期限に延長された。 「拡散」に当たる英語は、"Proliferation"であり、本来の意味は「繁殖」「増殖」である。つまりNPTは、核兵器の増殖をくい止めるための条約である。そのために、核兵器を持たない国(NPTでは「非核兵器国」と呼ぶ)に対しては、核兵器を開発や取得して保有することを禁止し、これを遵守していることを証明するために、国際原子力機関(IAEA)の査察を受けること(「保障措置」という)を義務づけている。いっぽう、核兵器を持つ国(NPTでは「核兵器国」と呼ぶ)に対しては、非核兵器国に核兵器を与えたり、核兵器の開発を助けたりすることを禁じるとともに、自らがもっている核兵器を撤廃するために「誠実に交渉する」ことを義務づけている。 2.NPTはなぜ重要か しばしば指摘されるように、NPTには重大な欠陥がある。まず、条約の差別性が指摘される。この条約では1967年1月1日まえに、核実験を済ませた国を核兵器国と定義し、それ以外の国を非核兵器国と定義している。そして、非核兵器国には、核兵器を持たないよう厳密に検証システムを定めているにもかかわらず、核兵器国の軍縮義務(第6条)は、「誠実に交渉を行う」という精神条項に留まっている。執行機関を定めていない※1。 NPTのもう一つの重大な欠陥は、「原子力の平和利用」に対する積極推進の立場である。原子力エネルギーの安全性や環境への影響に関する議論をさておくとして、NPTの目指す核兵器の拡散の立場だけから考えても、「原子力の平和利用」の技術の拡散は、まちがいなく核兵器の拡散の道を広げる。NPTは自己矛盾に陥っていると言える。 このような欠点があるにもかかわらず、NPTは核兵器国に核軍縮義務(第6条)を課した唯一の国際条約であり、他の条約にはない極めて重要な役割をもっている。しかも、187カ国(2000年4月現在)という軍備管理・軍縮条約のなかで最大数の加盟国を誇っている。(ただし、インド、パキスタン、イスラエル、キューバは加盟していない。) 1996年7月8日に出された国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見によって、NPT第6条の重要性はいっそう増大した。この意見のなかで、裁判官は全員一致で「すべての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務が存在する」と、条文のいっそうの明確な解釈を与えたのである。つまり、単に「誠実に交渉する」だけでは不十分で、「完結させる義務」があると、国連の最高の法的機関が確認した。 3.再検討会議とは NPTは、条約が実行されるよう点検するために、5年ごとに再検討会議を開催できることを規定しており、1975年から5年ごとに開催されてきた。2000年会議は第6回目の再検討会議にあたる。検討は、大別して三つの問題群(クラスター)で行われる。核軍縮、核の安全性(不拡散の保障措置)、原子力の平和利用(商業利用)の三つである。 第6条問題は、核軍縮のクラスターで議論される。再検討会議のもっとも重要な部分であると言ってよい。すべての核兵器保有国がNPTに加盟しているから、このことは次のことを意味する。 「NPT再検討会議は、核兵器国に核兵器廃絶義務の履行を求めることができる5年ごとの国家間会議である。」 これまで、再検討会議でメキシコ、南アフリカ、マレーシア、インドネシアなどの非同盟運動(NAM)諸国が中心となって、核兵器国の義務違反を厳しく追及してきた。残念ながら、日本政府はこれまで積極的な役割を果たしてこなかった。 4.95年に合意された約束 前回の95年再検討・延長会議では、核兵器国は核軍縮義務を怠っているとして、多くの非核兵器国から厳しい批判を受けた。そして、厳しい交渉ののちにNPTを無期限に延長することに加盟国は合意したが、同時に、核軍縮の前進のためにいくつかの条件が付けられることになった。条件は、三つの決定と一つの決議文として採択された。決定1は再検討過程の強化、決定2は核不拡散と核軍縮に対する原則と目標(「原則と目標」)、決定3はNPTの無期限延長、に関するものであり、決議は中東に関するものである(「中東決議」)。決定3以外には法的拘束力はないが、政治的、道義的な拘束を受ける、とされる。 決定1の再検討過程の強化によって、2000年会議の前に97、98、99年の3回にわたって準備委員会が開催された。準備委員会は単に議事運営の準備をするだけではなく、実質内容についての議論を深める場として定義されていた。しかし実際には、核兵器国は内容議論をするのに熱心ではなく、議論の内容にほとんど前進なく終わった。(第3回準備委員会の内容については、後述。) 決定2(「原則と目標」)には、いくつかの具体的な課題が掲げられた。 @包括的核実験禁止条約(CTBT)を96年中に締結すること。それまでに核実験を最大限自制すること。 A兵器用核分裂物質の生産禁止条約(FMCTまたはカットオフ条約)の即時交渉開始と早期締結。 B核兵器の究極的廃絶に向かって核兵器を削減するための、体系的かつ前進的な努力。 C非核地帯の拡大、核兵器国の協力 D法的拘束力のある条約締結の作成の可能性も含めて、非核兵器国に対する核兵器の使用や使用の威嚇を禁じる「安全の保証」。 「中東決議」とは、イスラエル以外の中東諸国の強い要求で採択されたもので、中東に非大量破壊兵器地帯を創設すること、すべてのNPT未加盟国(実際にはイスラエルのみ)の加盟などを求めたものである。 会議の後、議長を務めたスリランカのダナパラ大使(現在、軍縮担当の国連事務次長)は、もし核軍縮が進まなければ、NPTからの脱退国が相継ぐ可能性があると、危機感を述べている。 5.5年間約束は守られなかった 「原則と目標」の中心的な五つの項目の、過去5年間の達成状況についてふり返ると、下記のようになる。 @包括的核実験禁止条約(CTBT)の96年中締結という目標は一応達成された。しかし、米国上院の批准否決(99年10月)にみられるように、発効の見通しがまったく立っていない。 もう一点、重要なことは、CTBT発効まで核実験を「最大限抑制する」という95年の決定を、中国とフランスが破ったことである。決定直後から始まった両国の「駆け込み核実験」は、会議の権威を傷つけた暴挙として、総括される必要がある。 AFMCTの即時交渉開始と早期締結を求める決定は、履行されなかった。ジュネーブ軍縮会議(CD)でいったんは交渉のための特別委員会が設立されたものの、実質討議に入る前にとん挫したままである。 B「核兵器の究極的廃絶に向かって核兵器を削減するための、体系的かつ前進的な努力」も履行されなかった。信頼されている米国のNRDC(天然資源保護評議会)の調査をもとにすると、作戦配備されている核弾頭数の94年末から99年末にかけての変化は次のようになる。 米:8,720→8,880 ロ:11,000→9,906 仏:480→446 中:430→410 英:200→185 つまり、過去5年間、とても「体系的かつ前進的な努力」があったとは言えない。 しかも、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大とコソボ軍事介入、米国の弾道ミサイル防衛計画という横暴とも言える西側の政策によって、米ロ間の戦略兵器削減交渉(STARTプロセス)は行き詰まり、逆に安全保障政策における核兵器への依存度が高まるという国際情勢を生んでいる。 C非核地帯の拡大に関しては、95年以来一定の前進があった。東南アジア非核地帯化条約(バンコク条約)が成立し(95年12月15日)、発効した(97年3月27日)。また、アフリカ非核地帯条約(ペリンダバ条約)が成立した(96年4月11日)。中央アジア非核地帯の成立をめざす動きが活発化している。 しかし、「中東決議」で掲げられた中東・非大量破壊兵器地帯の設置に関しては何の前進もなかった。イスラエルはNPTに未加盟のままである。また、95年決定において要請された核兵器国の議定書署名は、ラロトンガ条約で進展があった(1996年3月)が、その他では進んでいない。東南アジア非核地帯条約ではとくにそうである。 D核兵器の使用や使用の威嚇に対する非核兵器国の安全保証の問題についても、実質的な進展は何もなかった。CDに特別委員会が設置されたことはあったが、継続的なとり組みにならなかった。 このように、激論の末に条件つきで無期限延長されたはずのNPTは、この5年間、概して言えば、核兵器国によって何の誠意ある扱いも受けずに放置されてきたと言わざるをえないであろう。 6.2000年再検討会議の特徴 5年ごとに再検討会議がもたれてきたことは、すでに説明したが、今年の会議にはこれまでになかった三つの特徴がある。 第一。NPT無期限延長の決定後、初めての再検討会議である。無期限延長の条件として、再検討過程の強化が合意されたが、その一環として、再検討会議の役割が鮮明にされた。 第二。2000年会議は「新アジェンダ連合(NAC)」(ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカの7カ国。スロベニアは米国の圧力により途中で脱退。)が登場して初めての再検討会議である。NACは、その声明の趣旨からして、核兵器国に第6条遵守を迫る連合であるといっても過言ではない。 第三。インド、パキスタンの核実験後初めての再検討会議となる。NPT未締約国である両国の核実験は、すべての国の加盟(普遍性)を目指してきたNPT締約国会議に大きな挑戦となった。 ■ 2.第3回NPT準備委員会 NPT再検討会議準備委員会は、97年から99年の3回を通して、核兵器国と非核の非同盟運動(NAM)諸国が厳しく対立してきた構造に変わりはない。主な対立点は二つある。一つは、95年の「中東決議」に基づいて、イスラエルのNPT加盟を強く求めるエジプトをはじめとするアラブ諸国と、これに難色を示す米国などの対立。もう一つは、核軍縮について実質的に討議する専門部会を2000年会議の場において設けるべきだと主張する南アフリカなどと、これに慎重な核兵器国の対立である。 99年の第3回準備委員会(99年5月10日〜21日)では、核兵器国対NAMという構図の中に、新アジェンダ連合(NAC)という新しい勢力が登場した。NACが中心となって、32カ国の共同提案による声明が発表され、その後44カ国の共同提案による作業文書が提出された。インドネシアがNAMを代表して、ドイツが欧州連合(EU)を代表して、アルジェリアがアラブ諸国連盟を代表して声明を発表した。 前年の第2回準備委員会で合意されていたわけではないが、議長をつとめたコロンビアのレイエス大使は、核軍縮、核分裂物質生産禁止条約(FMCT)および中東問題の3点について時間枠を設けた。 核兵器国とNAMやNACとの溝が埋まらない中で、レイエス議長はさまざまな核軍縮議題を整理し、核軍縮と中東問題の専門部会の設置について強い要求があることを明記した議長文書をまとめた。議長文書には、ジュネーブ軍縮会議(CD)での核軍縮の特別委員会を設置といった前向きな措置や、核兵器国への明確な誓約要求などの表現が盛り込まれた※2。 この議長文書の扱いについて、フランス、ロシア、米国は、全体で合意がとれた部分のみを「準備委員会報告書」に添付することを主張した。しかしこれでは重要な部分はほとんど葬られてしまうに等しいとしてNAMなどは強く抵抗した。 最終的にアイルランドとニュージーランドが妥協案を提示した。それは、「準備委員会報告書」の中の1節に、「議長文書が出されたが合意には至らなかった」とする説明書きを加えて、14日付と20日付の両方の議長文書全文を添付するという方法であった。最終日の最後の数時間で、この妥協は成立した。両翼ともがNPT体制の崩壊だけは避けたいと望んだ結果である。 このほか、第3回準備委員会は、2000年会議の議事運営規定を採択した。この議事運営規定の中では、2000年会議で各主要委員会が「下部機関」を設置できることが明記された。95年の決定1「再検討過程の強化」の第6節には、「各主要委員会は特定の問題に焦点をあてて審議する下部機関を設けることができる」と明記されている。これまでの2000年会議議事運営規定案では、委員会は「作業班」を設置できるとする表現にとどまっていた。「作業班」との表現では不十分だとするNAMの主張が通り、議事運営規定案が修正されて採択されたのである。 どのような形の文書が2000年会議で採択されるべきかについて、過去の条約履行状況の評価の文書と、将来に向けた目標の文書の「2つの文書」を採択するという主張と、両方を統合した「1つの文書」を採択するという主張が対立し、結論には至らなかった。実際には、2000年会議のバーリ議長は、「1つの文書」の方針をとった。 ■ 3.2000年会議の審議経過 1.主要委員会(MC)と下部機関 2000年再検討会議は、4月24日、議事運営方法をめぐるつまづきはなく、実質的な議論で順調な滑り出しをみせた。 アナン国連事務総長は会議冒頭の演説で、会議直前になされたロシア下院による戦略兵器削減条約(START)Uや包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を歓迎しながらも、ジュネーブ軍縮会議(CD)などでの核軍縮交渉が停滞していることに不満を表明し、「多国間の軍縮交渉の機関がさびついているのは、機関そのものに原因があるのではなく、機関を動かそうとする明確な政治的意志が欠如していることが問題なのだ」と指摘した。核兵器国による核廃絶への明確な政治的意志表明が会議の最大の焦点であることを表明したものだ。 会議は、全体会議のほか、3つの問題群(クラスター)にそって主要委員会(MC)T(核軍縮)、U(保障措置、非核地帯、地域問題)、V(核エネルギー)に分かれている。過去3年間の準備委員会での主要争点であった核軍縮と中東問題について集中的に議論するために、MC−Tの下に下部機関1(核軍縮の将来の実際的措置)が、MC−Uの下に下部機関2(中東問題など地域問題)が置かれた。下部機関には、公式の審議時間としては計12時間ずつが割り当てられた。 会議全体の議長はアルジェリアのアブダラ・バーリ大使。各委員会の議長は、MC−Tにはコロンビアのレイエス大使、下部機関1にはニュージーランドのピアソン大使、MC−Uにはポーランドのコビエラッキ大使、下部機関2にはカナダのウェスダル大使、MC−Vにはフィンランドのライマー大使がそれぞれ任に就いた。会議後半で文書起草に集中する起草委員会の議長には、ハンガリーのエルドス大使が就いた。 審議の流れは、次のようであった。まず会議前半で各主要委員会(MC)の審議が行われ、委員会報告書(MC報告書)が「全会の合意のない点」を含んで全体会議に送られ、その後の集中的な協議を経て、会議全体の一本の最終文書が、当初最終予定日より一日延びて5月20日夕方に全会一致で採択された。この審議経過を各主要委員会の議題に沿ってまとめる。 2.核軍縮(MC−T) 核軍縮を扱うMC−Tは、4月26日から審議を開始した。MC−Tの下に置かれた下部機関1は、核軍縮の将来の実際的措置について、5月3日から10日まで4回の会議と数回の非公式会合を行った。下部機関1の結果は、5月11日に、ピアソン議長のまとめた全17節からなる文書として、「全会の合意のないまま」MC−T報告書の一部として全体会議に送られた。 MC−Tは、5月11日に、レイエス議長のまとめた報告書を「全会の合意のないまま」全体会議に送った。MC−T報告書は、上記の下部機関1の報告のほかに、MC−Tが扱った核軍縮に関するすべての事項について、過去5年間の評価や将来の課題についての審議を報告した。 下部機関1の議長文書をたたき台にして、5月13日以降、5核兵器国(P5)と新アジェンダ連合(NAC)7カ国が将来の措置についての非公式協議を重ねた。このとき、P5の一つの国がノルウェーを調停国に指定し、この交渉を実現させた。バーリNPT会議議長もこの流れを支持した。P5とNACの計12カ国だけで実質審議が進んでいくことには、日本やドイツなど数カ国が不満を表明する場面もあった。 P5とNACの協議の最終局面においては、中国が「透明性」(情報公開)の問題で抵抗したが、合意した。 MC−Tの過去の評価に関する部分も、厳しい議論が続いた。P5、NACに加えて、オランダ、ノルウェー、インドネシア、ドイツの4カ国が加わり、計16カ国の協議が18日深夜まで行われた。 (1)「明確な約束」 NACは、会議冒頭の4月24日、作業文書を提出し、その主文1において、@完全な核兵器廃棄への明確な約束、A次回会議までの5年間に交渉を加速することへの明確な約束、Bその期間に段階的手段を実行するという3つの「明確な約束」を求めた。 核兵器国は、この強い要求を予想していた。米国は、自国がNPT第6条の軍縮義務を果たしていると主張するために、核兵器削減の数値やデータについて声明や文書を出したり、会議場の国連本部内にパネル展示をしたり、カラフルなパッケージを展示・配布したりした。5月1日は、フランス大使がP5を代表して共同声明を発表し、「核兵器の完全廃棄という究極的の目標について明確に誓約する」と述べた。 NACはただちに反論した。翌2日のMC−Tで、メキシコ大使はNACの共同声明を提出し、「核兵器国の共同声明は核軍縮に関する我々の期待を満たすものではない」、「核兵器の完全な廃棄は、義務であり、優先事項なのであって、究極の目標ではない」と述べた。非同盟運動(NAM)諸国も同日、同様の立場をインドネシア大使が代表して述べた。NAMは、その根拠として、1996年の国際司法裁判所の「核軍縮交渉を誠実に行い完結する義務がある」とする全員一致の結論を挙げている。 NACが要求した3つの「明確な約束」は、MC−T報告書の段階では含まれていた。P5とNACの交渉の中で、AとB「次の5年の交渉加速と段階的手段の実行」を落として、@「完全な核兵器廃棄」を残す、という妥協が成立した。この経過については、核兵器国の中ではフランスが最も強硬にNACに敵対していると言われていた。しかし、AとBを落とす妥協案を英国が提案し、米国と中国がこれに柔軟な姿勢を示し、ロシアが18日になって妥協に応じる姿勢に転じた。その後フランスも同意し、妥結したと言われている。NACを代表してメキシコ大使は、この妥協はギリギリの最低線であると述べている。 (2)「戦略的安定」 ロシアや中国は米国のミサイル防衛構想を批判してきたが、5月1日の共同声明においてP5が「戦略的安定の基礎としてABM(対弾道ミサイルシステム)条約を維持し強化する」との表現に合意したことで、ミサイル防衛問題は議論はそれ以上深まらなかった。この表現は、最終文書までそのまま残った。この文言は、ロシアはABM条約を無修正で保持すると理解し、米国は米国の国土ミサイル防衛(NMD)を可能にする議定書を追加することが「維持し強化する」ことである理解することによって、成立している玉虫色の文言である。 MC−T報告書の段階では、非戦略核兵器の削減や、警戒態勢の解除、核兵器の役割の縮小などの措置には、「戦略的安定」との条件が付けられていた。この条件によって核兵器の保持が正当化されるのなら核軍縮の趣旨に反する、とNACは批判した。協議の結果、「国際的安定の促進のため」との表現で決着した。ただし、警戒態勢の解除は、最終文書では、「作戦上の地位の低下」というあいまいな表現に変えられた。 (3)「透明性」 MC−T報告書には、「核軍縮への信頼醸成措置として、保有核兵器と貯蔵核分裂物質に関する透明性の増大」がに盛り込まれていた。NACとP5の交渉で、将来の核軍縮措置に関する他のすべての部分で修正と合意が成立した段階で、中国はこの文節に反発した。そのような情報公開をすれば中国のような小さい核兵器能力を持つ国は弱い立場に置かれてしまう、信頼醸成のためにはむしろ、核兵器国のなかで中国のみが無条件に宣言している第一不使用(先制不使用)宣言を核兵器国がおこなうべきだと主張した※3。しかし、バーリ議長の真剣な説得の結果、最終日の19日早朝になって中国は「透明性」で歩み寄り、「核兵器能力に関する透明性の増大」という文言が最終文書の中に残った。 (4)日本の行動 日本は会議初日(4月24日)に、オーストラリアと共同で8項目の具体的措置に関する提案の作業文書を提出したその内容は、ほとんど最終文書に盛り込まれたが、評価については5節「評価」(36〜41ページ)に述べるように、多くの問題を含んでいる。 主眼であった「FMCT(兵器用核分裂物質生産禁止条約/カットオフ条約)の2005年までの妥結」という文言は、最終文書の中では薄められ、「交渉開始から5年以内の妥結」と解釈できる文面で決着した。 3.保障措置(MC−U) 保障措置に関する議論は、会議初日の4月24日、国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長が、多くのNPT締約国が、NPT条約上の義務であるIAEAとの保障措置協定の締結をおこなっていないこと、および、1997年のモデル追加議定書の署名と発効が進んでいないことに懸念を表明したところから出発した。追加議定書の正式な発効を済ませている国は、NPT会議前で日本を含む9カ国、5月29日現在で11カ国のみである。 MC−Uで集中的な討議がおこなわれ、委員会最終日の5月12日の時点で、全会の合意をみていない28節を含む、計76節の内容を、会議の最終文書に含めることを勧告した(MC−U報告書の日付は5月16日付)。 (1)保障措置協定 会議は、IAEAによる保障措置(査察)が核不拡散体制の「基本的な支柱」であること、そして、NPT第3条に基づく非核兵器国の義務である、IAEAとの間の保障措置協定の締結が促進されるべきであることを再確認した。 多くの締約国がIAEAとの保障措置協定を結んでいない現状について、南アフリカは、未締結の国々の多くは核施設を持たない国であって、核施設を持たない国については、IAEAは、簡略な手続きを適用するなどして締結促進を援助すべきだと述べた。この趣旨は最終文書に反映された。 (2)核関連輸出の条件 95年会議の決定「核不拡散と核軍縮のための原則と目標」は、その第12節で、核物質や核関連設備の供給にあたっては、供給を受ける国が全面的(フルスコープ)保障措置を受諾していることを条件とする、と規定している。西側10カ国グループ(オーストラリア、オーストリア、カナダ、デンマーク、ハンガリー、アイルランド、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン)は、この規定をさらに強化して、次回の再検討会議において追加議定書を確立し、その追加議定書を核物質や核関連設備の供給の条件にしようとした。 これに対して中国は難色を示した。95年会議で中国は、「原則と目標」の決定に反対はしなかったものの、その中の「全面的」保障措置という文言に留保を付けていたと言われている。ロシアも同様の留保を付けていたとされ、また、最近ロシアがインドへの原子炉売却を計画しているとの情報が明るみに出たことなどから、動向が注目された。 協議の結果、最終文書は「『原則と目標』の第12節を再確認する」と述べるにとどまり、次回会議での追加議定書確立の提案は削除された。しかし、第12節の再確認そのものは、重要な意味を持っている。 また、核関連物質や施設の供給に関連して、「核供給国グループ(NSG)」と「ザンガー委員会」が輸出管理に関する情報公開を進めてきたとイタリア(NSG現議長国)やオーストラリアが主張した。西側10カ国グループや欧州連合(EU)もこの立場だ。これに対して、エジプトやイランなどは、情報公開は十分でなく、制限的な輸出規制によって先進国によって核技術の独占が続き、非核兵器国の権利が侵害されていると主張した※4。 (3)核兵器国の自発的保障措置 NPT第3条は非核兵器国の保障措置を義務づけているが、核兵器国はこれに拘束されない。しかし、すべての核兵器国は、限られた範囲内で、保障措置を「自発的に提供」している。核兵器国の保障措置に関しては、次の三点が問題となった。 @核兵器国の保障措置への追加議定書の適用範囲を広げて、核兵器用の核分裂性物質の生産をやめていない核兵器国はこれをやめるべきだとの要求が出た。この要求に核兵器国がこたえる形で、追加議定書の適用範囲を「再検討の対象とする」とする文言が、最終文書に残った。 A軍事的必要から余剰と認められた核物質をIAEAその他の査察の下に置くのを「できる限り早く」(非核兵器国の主張)とするか、「現実的に早く」(核兵器国の主張)とするかという表現上の問題。最終文書は、「現実的に早く」となった。 BIAEAの査察の費用負担の問題。IAEAの予算不足は事務局長の会議初日の演説でも強調されていた。フランスは、「核削減は共通の利益」だから査察費用はIAEAの通常予算から出されるべきだとするのに対し、ブラジルなどは、査察費用は査察の対象となる物質の保有者が負担すべきだと主張した。MC−U報告では、IAEAへの支援を「すべての国−−とりわけ、核兵器国を含む−−に呼びかける」としていたが、最終文書では、「共通だが差異のある責任に留意して、すべての国に呼びかける」となった。 (4)条約不遵守への対応 非同盟運動(NAM)諸国は、「国際原子力機関(IAEA)によって検証されていない(条約の)不遵守の申し立てによっては、締約国はこれら条約にしたがった権利の行使を制限されない」と主張した。この文言はMC−U報告書の段階では盛り込まれていたが、最終文書では「締約国はこれら条約にしたがった権利の行使を制限されない」との文言だけが残った。西側判断の疑惑にしたがって、厳しく対処しようとする西側諸国に、NAMが押された形だ。 MC−U報告書は、国連安保理事会が、「IAEA保障措置協定の遵守を維持し、IAEAから何らかの違反の報告があった場合に、適切な措置をとって保障措置義務の遵守を保証する」役割を持つと述べた。このような安保理の強い権限の明記に対しては反発が出た。協議の結果、最終文書では、この役割は、「安保理および(国連)総会が、国連憲章にしたがって」果たすものであるとされた。 これらの不遵守への対応の問題は、イラク問題(後述)などと関係する。 4.非核地帯、地域問題(MC−U) MC−Uは、非核地帯、地域問題も扱った。MC−Uの下に置かれた下部機関Uは、中東問題を中心にとり扱い、その審議結果はMC−U報告書に反映された。非核地帯に関して、ベラルーシ、中国、EU、モンゴル、中央アジア5カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンが共同で)が作業文書を提出した。以下では、非核兵器国へ核兵器を使わないと保証する「安全の保証」の問題も、本来はMC−Tの議題であるが、非核地帯と密接に結びつく問題であるので、合わせて紹介する。 (1)中東 MC−U報告書が、イスラエルを名指しで非難したことは、過去3年間の準備委員会でイスラエル問題をとり上げることを米国がしぶってきたことを考えると、画期的であった。ところが米国は、会議の最終局面になってイラクのNPT不遵守を最終文書に盛り込むよう主張した。イラクがこれに強く反発し、会議は空転した。IAEA事務局長が会議初日に「1998年12月以来、IAEAは、イラクの(大量破壊兵器の廃棄を義務づけた)国連安保理決議687で命ぜられた任務を実行する立場にない。その結果、現在、IAEAはイラクが決議の下での義務を遵守している、と保証することはできない」と述べた。多くの国々は、この事実に留意することに同意しているが、米国がこれを中東問題でイスラエルを名指しすることと釣り合わせようとすることには疑問を持っていた。国連安保理決議によるイラクの査察の問題はNPTではなく国連安保理の場で議論されるべきだとのイラクの主張は、一定の支持を得た。 下部機関2の議長をつとめたカナダのウェスダル大使の精力的な調整努力によって、米国、イラクの双方が歩み寄り、5月20日の夕方になって最終文書の合意に至った。5月19日の午後11時50分に議長は「時計を止め」たので、公式には会議最終日の5月19日に会議は終了したことになっている。 (2)アジア 中央アジア非核地帯化構想は、中国、EU、日本などによって歓迎を表明され、最終文書に優先事項として明記された。モンゴルの非核地位、朝鮮半島非核化共同宣言(92年)の歓迎も明記された。しかし、モンゴルが求めた安全の保証は明記されなかった。タイはバンコク条約(東南アジア非核地帯条約)の議定書への核兵器国の署名を求め、最終文書に明記された。 (3)ヨーロッパ ベラルーシは、中央・東ヨーロッパの非核空間についての作業文書を、「自国の立場」として提出した。99年の北大西洋条約機構(NATO)のワシントン・サミットおいて、NATOへの新規加盟国へ核兵器配備をおこなわないという96年の声明が再確認されなかったことへの懸念から、ベラルーシはこの問題を強く主張した。ポーランドはこの提案に驚いたと述べ、関係諸国間の合意がないことを指摘した。NATOやEUに新たに加盟しようとする国々は強く反対した。ベラルーシは同趣旨の決議を国連総会で提出し、EUを含む多くの国々がこれに反対票を投じたという経緯がある。「非核地帯の設立は、関係諸国間によって自主的に達成されたとり決めにのみしたがう」とする99年の国連軍縮委員会(UNDC)の指針が、反対の論拠になっている。 長い協議の結果、最終文書は、「国際社会は、関連するUNDCの指針にしたがって、新たな非核地帯の設立を促進し続けるべきであり、この精神にしたがって、1995年以来世界のさまざまな地域の締約国から発せられた努力と提案を歓迎する」となり、「ベラルーシ提案」への言及は退けられた。 (4)安全の保証※5 非核兵器国に対して核兵器を使わないと保証する「安全の保証」に関しては、多くの国が法的拘束力のあるとり決めを求め、98年にジュネーブ軍縮会議(CD)内に安全保証の特別委員会が設置されながらも審議が進んでいないことに不満を表明した。エジプト、イラン、サウジアラビアは、条件付の安全保証を表明した国連安保理決議984(95年)は不十分であると述べた。タイ、ベラルーシ、カナダ、メキシコ、インドネシア、カザフスタン、EU、アルメニアもこの問題について述べた。 フランスは、安保理決議984および非核地帯条約の議定書への批准によって、安全の保証はおこなわれているとしたが、イランとナイジェリアは、安全保証は非核地帯に限定されるものではないと反論した。 スイスは作業文書を提出し、安全保証は例外なく適用されなくてはいけないと主張し、米国がペリンダバ条約(アフリカ非核地帯条約)の議定書に署名する際、生物・化学兵器への対応は例外であると示唆したことを批判した※6。 エジプトは作業文書の中で、安全保証についての7つの原則を提示した。その一つは、「いつでも、どのような環境の下でも」NPTまたは非核地帯条約の締約国である非核兵器国に対して安全が保証されるべきだとするもので、「戦争時には拘束力をもたない」という逃げ道をふさぐことを目的とした要求である。 安全の保証に関する規定は、MC−T報告から最終文書に計6節が送られた。その中には、安保理決議984の再確認、CD特別委員会への留意のほか、この問題に関し2005年会議へ向けた準備委員会で勧告がまとめられるべきことが指摘された。また、「非核地帯の条約と議定書によって提供される(安全の)保証を、実効的なものにするための措置が、関係諸国によってとられることの重要性を強調する」との表現で、未批准の議定書に核兵器国が早急に批准してほしいとする非核兵器国の憂慮を反映させた。 5.核エネルギー(MC−V) MC−Vの核エネルギーに関する議論では、二つの主要な論点があった。一つは、核エネルギーが持続可能エネルギーか否かをめぐる議論である。持続可能なエネルギーとしてのNPTに規定された原子力開発の権利を主張する途上国と、これに対して核不拡散の観点から、あるいは安全性の観点から疑問を呈する西側先進国の対立という構図になった。もう一つは、日本などが主要な当事者である核物質の海上輸送の問題である。海上輸送に対して太平洋諸国などから強い懸念が示された。 (1)核エネルギー開発の権利 非同盟運動(NAM)諸国は、「核エネルギーの平和利用」を「奪うことのできない権利」としてくり返し強調した。 途上国の核エネルギー利用を援助するために、IAEAの技術協力基金が適切に運用されるべきこと、また、そのために同基金に締約国が可能な出資をおこなうべきことを、南アフリカやタイなどが主張した。この点は、最終文書に反映された。 いっぽう、いくつかの西側諸国は核エネルギー利用の促進に留保を付けた。アイルランドは、「大災害の潜在的可能性は常にある」と警鐘を鳴らし、オーストリアは、核エネルギーは持続可能な開発には貢献せず、将来のエネルギー政策の中心的役割を果たすものではないと述べた。 5月12日付けのMC−V報告書では、核エネルギー利用を、京都議定書にしたがい「温室ガス排出を押さえ、途上国において持続可能な開発を達成する」役割を持つものとする文言が、全会一致のない文言として盛り込まれていた。イランなどが支持していたこの文言は、その後、太平洋諸島を代表したサモアやニュージーランドの反対を受け、結果として最終文書では削除された。 (2)海上輸送の安全性 核物質の安全性の問題は、二つの意味で、日本と深くかかわる問題であった。第一に、99年9月の東海村の臨界事故が、原子力産業の安全性への懸念を世界的に高め、その懸念がNPT会議の審議にも影響した。第二に、日本が行っている核物質の海上輸送が、安全性の問題における世界の主要な関心事であり懸念であった。 こうした背景を持って、MC−Vの初日の4月27日、日本の阿部信泰大使(ウィーン国際機関代表部)は、核の安全性について次のように述べた。 「昨年9月、東海村で臨界事故が発生しました。日本政府は、事故原因について徹底的な調査を実施し、同様の事故を防止する措置についての勧告を提案しました。私たちは、同様の事件の再発防止のために、事故から学んだ情報と教訓を国際社会と共有することがきわめて重要であると考えます。 私たちはまた、放射性廃棄物の管理に関わる問題にとり組むことが重要になってきていると考えます。私たちが、核エネルギー利用の結果として、そのような廃棄物をたくさん生みだし続けるからです。とりわけ、高レベル放射性廃棄物の、安全で、環境上しっかりとした処分は、私たちにとっての課題となっています。私たちはこれからも、この問題を広く受け入れられる方法によって解決をはかっていくことを決意しています。」 核物質と放射性廃棄物の海上輸送に関して、カリブ海諸国、南太平洋グループ、中南米諸国に加えて、ニュージーランド、オーストラリア、アイルランドなどが安全性、信頼性、事故の場合の補償、などについて問題を提起した。その焦点は、日本の核施設と英国、フランスの再処理施設の間の核物質の移送に当てられた。具体的には、事故または意図的な行為によってもたらされた被害への補償、輸送によって影響を受ける関係国への事前通告と事前協議などを含む、包括的な枠組みの確立という提案がなされた。フランスは、必要な情報提供は行うとしつつも、「航海の権利」という原則を強調した。 議論の結果、最終文書には次のような節が残った。「会議は、放射性物質の輸送の危険性から関係諸国を守るための、国家的ないし国際的な効果的な規則および基準の重要性を強調する。会議は、国際法によって与えられた航海の自由、権利および義務を侵さない範囲で、放射性物質の輸送が、関連する核の安全と防護および環境の保護に関する国際基準にしたがって行われることが、すべての国の利益になることを確認する。会議は、放射性物質の海上輸送に関する、発展途上島嶼(とうしょ)国および他の沿岸諸国の懸念に留意する。」 (3)ウラン採掘と環境被害 中央アジア5カ国は、作業文書を提出し、ウラン採掘と核兵器の製造と実験による深刻な環境被害について言及すべきだと主張した。これは、95年の再検討・延長会議のときのMC−V報告にある文言を再確認すべきだという主張だった。フランスはこれに反対し、ウラン採掘反対運動を国内に抱えるオーストラリアやカナダも一時反対に回った。しかし、最終文書には、「核兵器製造過程におけるウラン採掘と、関連する核燃料サイクル活動によってもたらされた、深刻な環境への影響」との文言が入った。 6.準備委員会の改善 1997年から99年までの3回の準備委員会が実質的に機能しなかったことへの反省から、米国、日本、メキシコ、オーストラリア、カナダ、オランダ、ノルウェー、ナイジェリアなどが、準備委員会の機能の改善についてそれぞれ提案を行った。バーリ議長による調整などの結果、最終文書には再検討過程について計9節の合意項目が盛り込まれた。 その概略は以下の通りである。@再検討会議前の3カ年に、実質10日間の準備委員会を毎年1回、計3回開催する。必要があれば4回目も開催する。(95年決定の再確認。2005年会議に向けて2002年から準備委員会が毎年開催されることになる。)、A準備委員会の中で特定の関連議題について特定の時間枠が割り当てられる。B最初2回の準備委員会は、条約の完全履行を点検する。各準備委員会が点検すべき事項は、条約、95年の「原則と目標」文書、95年の中東決議、その後の再検討会議の結果、その他条約の運用と目的に影響する進展事項、などである。(「その後の再検討会議の結果」が点検事項に入ったことで、今回の2000年会議の最終文書の合意事項、例えば、「核完全廃棄への明確な約束」を含む将来への核軍縮措置の履行状況が、2002年からの準備委員会で議論されることが公式に保証された。)C準備委員会議長は締約国と協議できる。D各準備委員会で審議された内容を議長が総括して次の準備委員会に送る。第3回ないし第4回準備委員会では、再検討会議に向けた勧告を含んだ全会一致の報告を生み出すよう努力する。再検討会議の議事運営手続きについても、第3回ないし第4回準備委員会で決定する。E再検討会議および各準備委員会で、NGOが発言するセッションが割り当てられる。(NGOの発言は、95年会議の議長の「閉会の辞」を受けて97年準備委員会から始まっているが、再検討会議の公式文書で明記されたのはこれが初めてである。) ■ 4.NGOのとり組み 1.NGOのプレゼンス 会議周辺でのNGOのとりくみは、「アボリション2000」「中堅国家構想(MPI)」「平和と自由のための国際婦人連盟(WILPF)」などなど、多様な形で広がった。ニュージーランドとカナダの政府の公式代表団の中には、MPIの運営委員が参加した。5月1日にはNACがNGOに対して、NACの作業文書の趣旨を説明し意見交換をする場がもたれた。NACの政府代表とNGO活動家との意見交換はその後もくり返された。WILPFのプロジェクトが主催する懇親会には、多数のNGO活動家にまじって、バーリ議長をはじめ、各国政府代表も顔を見せた。 2.NGOの意見表明 5月3日には、会議場でNGO15人による意見表明が行われた。テーマと発題者は以下の通りである。 1.はじめに キャスリーン・サルビアン(ENDA:核時代のための行動的民主主義) 2.開会の辞 伊藤一長(長崎市長) 3.核軍縮 ダニエル・エルスバーグ 4.弾道ミサイル防衛 リスベス・グロンランド(憂慮する科学者連盟) 5.地域的拡散と普遍性:南アジア アチン・バナイク(MIND:インド核軍縮運動) 6.地域的拡散と普遍性:中東 リチャード・サルバドル(代読。太平洋諸島NGO協会) 7.研究と開発 ウィリアム・ピーデン(グリーンピース・インターナショナル) 8.抑止論 ジョナサン・シェル(『ネーション』研究所) 9.NPTと法 ピーター・ワイス(IALANA:国際反核法律家協会) 10.核エネルギーの「平和」利用 アリス・スレーター(GRACE:環境のための地球資源行動センター) 11.核時代の犠牲者としての健康と環境 アレクセイ・ヤブロコフ(社会エコロジー連合) 12.先住民の発言:平和利用がジェノサイドを生む ジャッキー・カトナ(グンジェーミ・アボリジニ法人) 13.ロシアからの視点:核兵器は廃絶できる レフ・フェオクチストフ 14.人間の生存に対する科学者の責任 アンドレアス・トウパダキス 15.閉会の辞 ラム・ラムダス提督(退役)(平和と民主主義のためのパキスタン・インド人民フォーラム) NGOの意見表明は、3時間の枠という点では過去3年間の準備委員会と変わらないものであった。終了直後に、小部屋で政府代表とNGOの意見交換会がもたれた。米国、英国、日本、オーストラリア、カナダ、スイスなどの政府代表が参加し、P5声明(5月1日)の評価などについて率直な意見交換をおこなった※7。会議場でNGOのトップ・バッターとして「核兵器全面禁止条約の早期締結に向けて交渉を始めるべき」と力強く訴えた伊藤一長長崎市長は、意見交換会で「P5声明はきわめて不十分」と、日本政府代表とは異なる意見を明確に述べた。 伊藤市長はまた、11月17〜20日に開催する「核兵器廃絶−−地球市民集会ナガサキ」への参加を呼びかけた。「アボリション2000」は同集会を公式に支持することを決め、多くの活動家が参加の意思を表明した。 3.ミサイル防衛に強い関心 会議周辺ではNGO主催によるさまざまなワークショップが開催されたが、活動家の関心の多くは、米国の弾道ミサイル防衛(BMD)構想に注がれていた。ミサイル防衛への懸念は、アナン総長の会議初日の演説によっても表明された。米国のNGOは、国土ミサイル防衛(NMD)実験(会議期間中は6月26日とされていた)に対する世界的な注目を呼びかけると同時に、配備決定がおこなわれるかも知れない時期に合わせて、10月7日を「宇宙の軍事化に抗議する国際行動デー」と設定している。日本と米国が共同研究を進めている戦域ミサイル防衛(TMD)とNMDの関連についての懸念も表明された。 4.最終局面での議員への働きかけ NACが要求した「核兵器の完全廃棄への明確な約束」の文言が、主要委員会T(MC−T)報告書に含まれて全体会議に送付されたとき、MPIやWILPFなどのNGOは、これを最終文書に残すように一斉に活動した。日本では、この件に関して議員への働きかけが行われた。MPIとピースデポが、ニューヨークの登誠一郎軍縮大使にその趣旨の要請書を出したのと呼応して、少なくとも4名の国会議員(民主3、国民会議1)が東京の外務省またはニューヨークの代表部に要請書を提出した。このほか、この問題は5月17日の衆議院安全保障委員会でもとりあげられ、辻元清美議員(社民)が、河野洋平外務大臣、山本一太外務政務次官を質した。 WILPFは、この「明確な約束」以外にも、将来の軍縮措置のうち鍵となるポイントをMC−T報告書の中からピックアップして、これらへの支持が全世界から集中するよう、インターネットを駆使して呼びかけた。 5.「アボリション2000」、2000団体を突破 NPT会議最終日の5月19日、「アボリション2000」は記者会見を行い、5年前の再検討会議をきっかけに誕生したこのネットワークに賛同する全世界のNGOおよび自治体の総数が、95カ国から2,025団体になったことを発表した。「アボリション2000」は、「世界で3番目に大きなNGOネットワーク」と発表された。名称にある「2000」は、「2000団体の2000」という理解が生まれた。 「ミサイルをひまわりに」と題する請願署名は全世界から1,350万名を超え、4月27日、国連本部内にて、NPT会議のバーリ議長にひまわりの花束とともに届けられた。 ■ 5.評価 全会一致で採択された最終文書は、今後の核軍縮運動に役立つ内容の文献であり、その意味で会議は成功であった。しかし、本質的な前進とは言えず、運動は力量を強めることが求められている。とりわけ、日本の課題は大きい。日本政府の核軍縮外交は失敗した。かつて日本政府が持ち出した「究極的な核兵器廃絶」の文言は、攻撃され、打破された。最初から調停役を自任してハードルの低い提案をした日本政府は、ほとんど省みられなかった。交渉は「新アジェンダ連合」と核兵器国を軸に進展し、日本は脇に置かれた。日本が公然と新アジェンダを支持すれば、結果はもっと前進していたであろう。 1.質的な前進 (1)完全廃棄の明確な約束 核軍縮の分野で注目すべき、質的な前進があった。 まず第一に、核兵器国による「保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束」が行われた。これは「新アジェンダ連合(NAC)」が作業文書の主文1で主張していたもので、核軍縮が前進するための基礎として、NACがもっとも重視していた文節であった。 先述の経過説明の通り、核兵器国(P5)とNACの交渉において、主文1は薄められた。もともと「保有核兵器の完全廃棄を達成するという明確な約束」の論理的帰結として、これからの5年間の「交渉の加速」があり、「段階的手段の実行」があるという内容であったが、最初の部分だけでも獲得することで、NACはギリギリの譲歩をした。 それでも、この文言が大きな意味をもつのは次のような理由である。 日本政府が1994年の国連総会決議に提案し、1995年のNPT再検討・延長会議の決定文書(「原則と目標」)で使われ、それ以来日本政府が毎年の国連総会決議として使ってきた「核兵器廃絶の究極的な目標」という文言がある。日本の市民も、この言葉に強く反発してきた。核兵器国は、保有核兵器の全面廃棄を永遠の未来に遠ざけることのできるこの言葉を重宝してきた。そして、その影で核兵器の質的改良の研究が続き、安保政策において核兵器への依存度を高めてきた。 核兵器国は、ほんとうは核兵器廃絶のことなど本気で考えていない、というのが、多くの市民や非核兵器の疑念として増幅していた。したがって、今回のNPT再検討会議では、冒頭から「究極的」を葬り、「あいまいさの残らない完全廃棄の明確な約束」を核兵器国からとりつける必要があった。それが、優先されるべき前提要求となったのである。間接的とはいえ、そして、被爆国日本に敬意を払って直接口に出さなかったとは言え、日本政府はまさに打倒すべき対象であったのである。 このように、完全廃棄の明確な約束を言わせたことは、将来への重要な礎石となる。しかし、獲得されたこの抽象的文言が具体性を発揮すべき部分が、削られてしまった不足をどう埋めるか、大きな課題が反核運動に残されている。 (2)核兵器の役割の縮小 第二の注目すべき大きな質的前進は、「安全保障政策における核兵器の役割を縮小する」ことを、核兵器国が認めたことである。核兵器を、生物・化学兵器の抑止力として位置づけたり(米、NATO)、弱体化した通常兵力を補う核使用政策を採択したり(ロ)、核兵器の役割の拡大が目立ってきた。核軍縮が進むためには、核兵器の役割を小さくする政策転換が不可欠である。実際には、立証の手段が明確にならなければ、効果をあげるのは困難であるが、考え方の転換として、平和運動にとって、やはり重要なステップとなる。 この項目は、単に核兵器国にかかわる問題ではなく、日本のような同盟国の安全保障政策にとっても課題を提示している。日本の「核の傘」政策は、紛れもなく核兵器の役割を拡大している一つの要素である。核兵器の安保政策上の役割を少なくするとは、日本の市民にとっては、非核三原則を法制化したり、東北アジアの非核地帯を設置したり、日米安保から少なくとも核兵器を排除したりすることである。 問題を核兵器国と非核兵器との同盟関係に一般化すれば、二国間、数カ国間の相互安全保障政策から、核兵器に依存しない協力関係に限定する議定書を付与する運動を起こすことも考えられる。非核憲法をもつフィリピンと米国のあいだの米比相互防衛条約にこのような議定書ができるのは自然なことではないだろうか。 (3)全面軍縮との分離 第三の注目すべき質的前進は、核兵器の全面廃棄が、「全面かつ完全軍縮」の目標と明確に分離されたことである。 世界が、核兵器に限らず「全面かつ完全軍縮」に向かうよう、さまざまな国際安全保障の機構や諸条件を整えていくことは、もちろん21世紀人類の目指すべき課題である。しかし、これらが整わなければ核兵器の廃絶はできないという論理が、しばしば核兵器国や一部の国際学者のあいだで行われてきた。これは、より困難な目標に従属させて、核軍縮を遅らせる意図にも利用された。 NPTに関連しては、第6条が、「核軍縮の効果的措置の交渉」と「全面的かつ完全な軍縮に関する条約の交渉」とを並記しているため、完全核軍縮は全面的完全軍縮条約をもって実現するという議論を、いっそう誘う側面があった。 しかし、今回の最終文書でNPT体制としては、この二つを完全に分離し、核兵器廃絶を先行させることが明確になった。つまり、11項で軍縮の最終目標として「全面かつ完全な軍縮」を分離して掲げ、核兵器に関しては6項で完全廃棄を明確に約束し、12項で国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を参照することによって、核軍縮条約の締結を目標としたのである。 その他にも、「核軍縮などの不可逆性の確認」や「核兵器能力などの透明性の増大の要求」など質的に重要な意味をもつ前進が勝ちとられている。 2.日本の貢献 (1)FMCTに期限 残念なことに、上述したような今回のNPT再検討会議での成果の中心となるべき質的な前進に、日本政府は何一つ関与していない。すべてが、NACの作業文書から発生し、NACとP5の交渉のなかで合意されていった。日本政府の出る幕はなかった。 日本政府が今会議にオーストラリアと共同で提案した8項目の内容はきわめて保守的であった。 このなかで唯一、日本の貢献を指摘できるのは、兵器用核分裂物質の生産禁止条約(FMCTまたはカットオフ条約)に関してである。FMCTにおいては、NACの提案と日本の提案が補い合っていい結果をもたらした。 最終文書において、FMCTには二つの重要な要素が含まれている。「核軍縮および核不拡散という両方の目的を考慮」することを求めている点と、「5年以内に妥結する見通し」と期限に言及している点である。前者は、NACの要求、後者は日本の要求から最終文書に入った。FMCTの交渉が始まったときに直面する最大の問題は、既存の核分裂物質の扱いである。将来の生産禁止のみを定めた条約であれば、すでにあり余る核分裂物質をもっている米国など先進核兵器国は何の痛みも感じない。核拡散を抑える効果はあっても核軍縮の効果はない。NACは、この点を主張した。 また、日本政府は、遅くても2005年のNPT再検討会議までに、条約の成立を求めた。その結果、期限問題が、最終文書に盛り込まれた。最終文書では、表現が薄めらる結果になったが、日本の貢献が指摘されるべきことに変わりはない。最終表現の解釈については、ジュネーブ軍縮会議(CD)との関連で後述する。 (2)日本要求より高水準の合意 日本の8項目の要求のほとんどが最終文書に盛り込まれたということで、日本の外交は成功したという議論があるが、それはあまりにも誤った印象を市民に与える表現である。 FMCT以外の項目は、日本もなにがしかの貢献をしたとは言えても、日本が積極的な貢献をしたとは言えない。それどころか、8項目のうちの2項目に関しては、日本より強い要求がNACなどから出され、それに近い水準で合意が成立している。つまりは、日本の要求は水準を低くする役割を果たしたとも言えるのである。 現在、米ロ間の核兵器削減交渉(START)があるだけで、それ以外の核兵器国を含めた軍縮交渉のテーブルは存在しない。最終文書は「すべての核兵器国」を「適切な早い時期」に軍縮プロセスに組み入れることを求めているが、日本はこれまで国連総会決議の内容についての米国などとの折衝経過があり、「すべての」や「早い時期」を提案することができなかった。NACなどの要求によって日本提案の上を行く内容が盛られたのである。 また、最終文書で「CDにおいて核軍縮を扱う任務をもった適切な下部機関」の設置が要求された。これは大きな成果であるが、日本の要求ははるかに弱く、「CDにおける多国間の議論」を求めたに過ぎない。NACなどの要求が実った。 (3)根本路線の失敗 再検討会議終了後の5月21日の談話で河野洋平外務大臣は、「核兵器国に対して対立的姿勢で臨むのではなく、核兵器国との信頼関係に基づき核軍縮措置をねばり強く求めていく」というアプローチが、今回の会議で「有効性を証明した」と述べている。いったい、今回の再検討会議のどこからこんな結論が出てくるのだろう。 外務省と市民団体の最近の対話のなかでも、「NACのやり方では核兵器国と接点を作れない。日本のアプローチはそうではない」と説明されてきた。 しかし、今会議は、この認識が誤りであることをはっきりと立証することになった。 前述の経過で明らかなように、核兵器国は、日本を放っておいてNACを交渉相手として非公式会議を重ねた。そして、核軍縮措置の基本は、NAC対核兵器国の交渉で作成された。そこにおいて、日本がまったく手をつけなかった質的前進を勝ちとり、個別課題でも日本よりも高水準の合意を生み出した。 真摯に核軍縮について主張することは、「核兵器国との信頼関係」を壊すことにならないのである。 また、日本は最初から調停役を自任し、ピースデポなど日本のNGOはそれを批判した。実際には前述のように、NAC対核兵器国の調停役はノルウェーに依頼された。諸要素が背景にあったであろうが、日本はあまりに米国に気兼ねをしているので、調停役にはなれないという側面を否定できない。 3.CD委託の課題 今回合意された核軍縮措置のいくつかは、ジュネーブ軍縮会議(CD)に委託する内容になっている。 まず、FMCTの条約交渉がCDに委託された。CDの議事運営は全会一致方式であり、かつ、毎年のCDで作業プログラムに合意してから協議が開始される。毎年、この段階で参加国の主張の調整がつかず、CDは空転するのである。 中国は、米国の国土ミサイル防衛(NMD)や同盟国を巻き込んだ戦域ミサイル防衛(TMD)を議論する「大気圏外での軍備競争の防止(PAROS)」に強い主張を展開してきた。FMCTを優先議題とするという合意があっても、PAROSのようなそれ自身は正当な緊急課題とセットにして議論されるたときに、全会一致の合意となるかどうかは楽観を許さない。 さらに、5年以内という期限も、2005年という文言から後退して合意された文言であるという経過を考えると、交渉開始から5年という解釈ができる。 「核軍縮を扱う適切な下部機関」のCD委託も同様な問題をかかえている。こんどは、米国などの抵抗が予測される。 いずれも、今後の強力な外交が必要である。 4.「約束」の実行へ−−日本市民の課題 (1)草の根の声の発信 核軍縮問題で、日本の反核運動の課題が山積していることを痛感する。 言葉(言語)の問題がどうしてもつきまとうが、日本の反核世論がもっともっと会議場周辺に登場する必要がある。 さしあたり、文書でよいと思う。会議場での議論に噛み合った内容で、被爆の実相に基づく反論、日本の世論や日本政府の意見の紹介など、しっかりした文献が登場すれば、多くの国の代表やNGOに小なからぬ影響を及ぼすであろう。そのためには、日ごろから、情勢をとらえた討論を蓄積することが必要である。 登誠一郎軍縮大使とピースデポがニューヨークで面会したとき、大使が日本に帰国したときにNGOとラウンドテーブルを持つことを快諾した。一つの機会として活用できるであろう。 (2)議員の登場が不可欠 核軍縮に関する日本の状況を考えたとき、市民団体と外務省との対話は一定の前進があった。これは最近の努力の貴重なたまものであり、今後も発展させる必要があることは言うまでもない。 いっぽう、国会議員のとりくみが他国に比べて弱いという現状が克服される必要がある。NPT再検討会議をまえに、ニュージーランド、オーストラリア、オランダ、ドイツなど、多くの国で議論があり、決議があがった。これからの日本のNGOの課題として、議員や政治家の積極的な関心をいかに作り出すかが課題となる。 それとの関連では、非核自治体、地方議会、各地の市民団体が果たすべき役割の重要さを改めて認識する必要がある。 (川崎哲、梅林宏道) ※1 NPT第6条:「各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、ならびに厳格かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉をおこなうことを約束する。」 ※2 99年5月14日付の最初の議長文書は、95年の「原則と目標」の7項目に中東決議を加えた8項目(普遍性、不拡散、核軍縮、非核地帯、消極的安全保証、保障措置、中東決議、原子力の平和利用)にわたる計31節であった。これに対して各国代表からさまざまな意見が出され、議長は5月20日付で改訂版の文書を提出した。改訂前と同様の2部構成で、第1部は同じく8項目であるが計61節にふくらんだ。 ※3 中国は最初の核実験の発表のとき(1964年10月16日)以来、「いかなるとき、いかなる状況においても、中国は核兵器を使用する最初の国にならない」と宣言している。 ※4 核不拡散条約(NPT)は、二つの意味で「とり引き」の条約と言われる。一つは、非核兵器国が核兵器を持たないかわりに核兵器国が核軍縮を進める、という意味である。もう一つは、非核兵器国が核兵器開発はしないかわりに、核エネルギーの「平和利用」(商業利用)する権利を「奪うことのできない権利」として持つ、という第4条の規定である。 ※5 「security assurance」の訳。「安全保障の保証」という意味であるが、意味の上で「保証」を生かすのが適当と判断した。 ※6 96年4月11日、米国はペリンダバ条約の締約国に核兵器の使用・威嚇を行わないことを約束する議定書に署名したが、この日ロバート・ベル大統領特別補佐官は、この議定書は「締約国が大量破壊兵器を使って攻撃してきた場合に、これに対して米国が使用可能な選択肢を制限するものではない」と述べている。 ※7 意見交換会は、翌週にも開かれた。 ▲ページの先頭に戻る |
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