■ 核兵器・核軍縮



解説:スターウォーズの行方(1)

−−世論が握る決定力

白鳥紀一(物理学者、ピースデポ助言者)


1.弾道ミサイルに対する全土防衛網の配備決定の延期
 既にいささか旧聞に属するが、アメリカのクリントン大統領は自分が卒業したジョージタウン大学で9月1日に演説し、問題になっていた全土ミサイル防衛(National Misile Defense:NMD)施設の建設の決定を延期して次期大統領に委ねること、国防総省にはなお研究開発の努力を続けるよう命令したことを明らかにした。これは軍縮の行方にかかわる大きなニュースとして世界的に広く報道された。この決定は、国際的には、さしあたり軍拡には向かわないということで大方の支持を得たが、手放しで歓迎できるようなものではない。その一方、この11月の大統領選挙を闘っている民主党ゴア、共和党ブッシュの両陣営はただちに、前者はこの決定を支持し、後者は8年間の民主党政権の失敗の証拠として攻撃する態度を表明した。ミサイル防衛についてのこの態度の違いは、大統領選挙の争点の1つになると考えられている。

2.計画の内容
 周知のように、弾道ミサイルを目標に到達する前に破壊して自国を防衛するという構想は、約20年前に当時のレーガン大統領によって戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative:SDI)として公表され、広く論議を巻き起こした。核戦力のバランスを崩し、従って新たな軍拡を招くものとして反対運動が世界的に起きた。アメリカの科学者を中心に、SDIにかかわる研究予算は受け取らない、という協力拒否の署名運動も世界的に広がった。人工衛星からの大出力レーザーがその手段として打ち出されたために、「スターウォーズ」として有名になったのだった。その後、技術的困難が明らかになったことと大統領の交替などのために政策の目玉としては扱われなくなったが、開発研究は続けられてきた。共和党主導のアメリカ議会は1996年に「技術的に可能になり次第配備する」ことを定めた法律を可決しており、クリントン政権もそれに従って、アメリカの全50州をカバーする計画を具体的に研究してきた。その計画は、偵察衛星で弾道ミサイルの打ち上げを検知し、性能を改良する5基の早期警戒レーダーとアリューシャン列島に建設を予定している1基の対弾道ミサイル(Anti-Ballistic Missile:ABM)レーダーによって追尾し、地上から迎撃ミサイルを打ち上げて約55kgの「迎撃体」をその弾道ミサイルに衝突させて破壊する、、というものである。予定される迎撃ミサイルは当面100機で、これもアラスカにおかれる。完成の目標年次は2005年で、そのためにはABMレーダーの建設を今年中に開始する必要があるとされていた。その建設開始の決定が今回見送られたのである。これによって、完成年次は1、2年遅れるものと考えられる。この民主党政権の計画に対して、共和党はもっと大規模な、ブッシュ候補の声明によれば「アメリカ50州のみならず同盟国と友好国をも守る」ミサイル防衛網の配備を公約している。

3.配備の問題点
 クリントンはかねてから、NMDの配備は 1.技術的な信頼性、2.コスト、3.外交関係、4.全体的な安全保障の4点を考慮して決める、といってきた。
 技術的には、19回を予定している実験が現在3回終わった段階で、1回目は成功したものの2、3回目は失敗しており、それが今回の配備決定の延期につながったと考えられている。今年7月の第3回実験では打ち上げたロケットからの迎撃体の切り離しに失敗したが、技術的に最も難しいのは弾道ミサイルが大気圏外を飛ぶときに周りに振りまくおとりの識別だといわれる。7月の失敗を受けて、次の実験は数カ月予定より遅れ、来年になるらしい。いずれにしても既に計画は遅れており、クリントンの今回の決定延期は実際の配備を可能な時期よりも遅らせるものではない、と理解されている。
 クリントン政権の計画するミサイル防衛網配備のコストは一般に600億ドル、1回の実験費用が1億ドル、といわれる。ただし、大統領の演説当日にホワイトハウスは、これまでの開発費が約60億ドル、2005年までの開発費用が約100億ドル、それを含めて上記の計画本体とその命令・制御システムの構築に、91年から09年までで約250億ドル、という推定を公表し、これは今後6年間に予想される防衛予算の1%に足りない、としている。因にクリントンは9月1日の演説の中で、1985年にアメリカの防衛予算はロシア・中国・北朝鮮の防衛予算の和とほぼ等しかったが、現在は年間約3000億ドルで、これは3国の和の約3倍に当たる、といって軍事力の優越を誇示している。当然ながら共和党は、クリントンの計画より大規模なシステムも予算的に問題は全くない、という態度である。選挙民がこの予算額をどう考えるかは、現在必ずしも明かでない。

4.ABM条約
 外交上特に問題になるのは、1972年にアメリカとソ連との間で締結された対弾道ミサイル制限条約(ABM条約)との矛盾である。この条約は、核兵器による先制攻撃を受けた側が反撃して攻撃国を破壊できる(相互確証破壊:Mutually Assured DestructionいわゆるMAD)状態にあることを双方が理解することで全面核戦争が起こることを防ごう、という立場で締結されたもので、ミサイル防衛網の配備を互いに厳しく制限している。第一撃を受けた側の攻撃能力は当然落ちるから、それに対抗できるだけの防衛網が出来ていれば、核兵器による先制攻撃をしない理由は軍事的にはなくなるからである。全領土を対象とした防衛は認められていない。これに対して、ソ連が崩壊してロシアが誕生した段階で双方が批准をやり直していないから、ABM条約は既に無効で、NMDの配備には条約上の制約はない、という説がホワイトハウス周辺の法律関係者から出されている。しかしこれは、他者を納得させるにはほど遠い「不適切」な解釈である。ロシアは、この解釈を絶対に容認しない、という堅い態度を一貫して表明している。これに対してクリントンは、あるいは戦略兵器削減交渉と絡め、あるいはNMDはロシアや中国を対象とするのではなくイラク・イラン・北朝鮮などいわゆる「ならずもの国家」を対象とするものだと繰り返して、ABM条約またはその解釈を見直すよう圧力をかけているが、成功していない。しかし共和党はもちろんクリントンもゴアも、NMDが必要と認められかつ技術的に可能ならば、ABM条約にかかわらず配備する、と公言している。
 上記のようにクリントン政権は、NMDの対象は「ならずもの国家」であると繰り返してきた。2005年という配備の目標も、それらの国が核弾頭をつけた弾道ミサイルをそれまでに完成させる可能性があるので設定された、ということになっている。しかしそれを信用する者は、クリントン政権内部を含めて、いないだろう。共和党に近い筋は既に、主な対象が中国であることを公言している。だから、NMDが完成・配備されれば中国はただちに大幅な核軍拡に走ると予想され、それはインド・パキスタンに波及して、現在の世界の戦略的安定性を根底から損なうと考えられている。そのために、自国が対象だと考えているソ連や中国ばかりでなく、ヨーロッパ諸国はNMDにはこれまで陰に陽に強く反対しており、今回のクリントンの決定を歓迎した。現在の計画の中でも早期警戒レーダーはアメリカ国内だけでなくグリーンランドなどNATOの領土内にも設置されているので、NATO同盟諸国の反対は政治的だけでなく実際的な意味を持つ可能性がある。これに対して日本政府は、18日の国連演説で河野外相が決定延期を歓迎したけれども、全く反対していない。逆に、戦域ミサイル防衛網(Theater Missile Defence:TMD)の開発に協力している。

5.戦域ミサイル防衛と宇宙空間の非武装化
 湾岸戦争の時にイラクのミサイルに対して有効だったといわれるパトリオットの改良など、戦域ミサイル防衛網の開発は「順調」に進んでいるという。技術的には、速度が弾道ミサイルより遅いからである。地上から打ち上げるものの他、艦船からのもの、さらにはボーイング747に大出力レーザー装置を積載する空対空型も計画されている。これは特にイスラエルと台湾での配備が目標とされている。NMDのように条約上の直接的な制約はないが、核兵器と通常兵器のギャップがなくなっているように、TMDとNMDの間にもはっきりした区別が原理的にあるわけではない。条約上の制限がないこともあって、NMDよりもTMDに力を注ぐべきだという意見もアメリカには根強い。これに対してロシアと特に中国は、宇宙空間を非武装化すべきだと国連ミレニアム総会や軍縮会議で強く訴えているが、アメリカはそれを一切受け付 けない態度を示している。

6.「力による平和」は平和ではない
 アメリカはこれからもNMDの開発と配備の努力を続けるだろう。政治的にいえば、 NMDの技術的信頼度は完全である必要はない。相手国が自分の核攻撃能力に不安を持てばいいのである。おそらくアメリカは中国が、かってのソ連のように、軍拡競争によって崩壊する、という状況をシナリオに入れていると思われる。クリントンが9月1日の演説でアメリカの軍事費の優越を強調したのは、それを示している。このような、力によって世界を支配しようとする試みこそ「ならずもの国家」の名にふさわしい、という意見も核廃絶に努力しているアメリカの平和活動家の中から出ている。
 とはいっても、アメリカのNMD開発は政治的な真空の中で行われるわけではない。9月1日の演説でクリントンは配備決定の延期理由の1つとして、NATO諸国の賛成・容認を取り付ける外交努力の必要を挙げている。これはつまり、日本における反対運動の必要性を述べているのに他ならない。(見出しは編集部)



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