■ 非核地帯



朝鮮半島の平和から東アジアの共同安保へ:

東北アジア非核地帯化への時代的要請

李三星(カトリック大学国際学部)



1. 歴史的転換点に立って
 日本と韓国においてそれぞれ平和を考えて、活動してきた私たちが集った今、この時間は、いろんな意味で歴史的転換点になります。2001年1月は物理的な時間で言うと正確に新しい千年の始まりに当たる月に属します。朝鮮半島の平和という視覚によると、去年の6月の南北首脳会談を起点として表面化された朝鮮半島の解氷により、朝鮮半島の平和は単純な目標や理想としてだけで存在するのではなく、具体的に組織化、拡張、および深化させていかなくてはならない一つの現実として近づいてきたのであります。
 これにより私たちは二つを要求されています。一つは、朝鮮半島の中で南北の間で平和を内容的に具体化し、深化させなければならないという要請です。他の一つは朝鮮半島での平和運動の実践と言説を東アジアの共同安保へと、その空間的拡張を追求しなくてはならないということです。この二つの要請は、お互いに結びついています。南北の間での平和的共存と共同安保の定着なしには、東アジアの共同安保は不可能であります。また一方では、東アジアの全体に内在する冷戦時代の遺産を克服して東アジアの内部から共同安保を実践することなしには、朝鮮半島の平和の土台をまたいつでも失うことがありえるという不安から脱け出すことができません。
 幸いに2000年の6.15南北首脳会談を通じて韓国と北朝鮮が朝鮮半島の平和構築の主人公として乗り出しました。今日ここに集まった韓国と日本の平和運動が解決していかなければならない問題とは、どんな共同のヴィジョンと努力を通じて東アジアの共同安保を促進し、かつ朝鮮半島であげることのできた成果を深化すると同時に、これを東アジアの全般に連結/拡張させ、制度化していけるかということです。これを通じて韓国と日本の平和運動は世界平和に向けての全地球的な努力において、この地域が担当しなければならない時代的な要請にこたえることができます。

2. なぜ東アジアの共同安保か
 冷戦時代というこれまでの歴史において、東アジアの安保秩序は共同安保とは遠く離れてしまいましたが、それは今日に至る脱冷戦の状況でも根本的に変わっていません。それは少なくとも三つの意味においてそうなのです。一つに、東アジアの秩序は20世紀の全般において帝国主義的暴力と戦争の胚胎した民族的憎悪の分界線が冷戦を経て今日に至るまでそのまま維持されています。19世紀の中国に対する西洋の帝国主義の侵略の伝統を20世紀に入って受け継いだ日本の軍国主義的ファシズムの、朝鮮半島は中国大陸を侵略しながらアジア的分断の悲劇は深まりました。その傷は中国の共産化以後、共産中国に対する米国の封鎖政策で冷戦時代の間ずっとそのまま深化されるだけでした。20世紀の全般において、軍国主義的ファシズムと抵抗的民族主義との間の対立を内包したアジアの歴史的分断は冷戦時代、米ソが主導する全地球的な次元の理念的分断と結合してアジア内部の心理的分断の障壁をもっと強固にしたのです。私達は"アジア的分断秩序"と呼んでもかまわないと思います。
 これはアジア秩序とヨーロッパ秩序の根本的な差異点の一つであります。20世紀の全般において、ドイツとイタリアのファシズムが呼び起こした戦争と憎悪によるヨーロッパ内部の歴史的分断は、1945年以後のヨーロッパにおいては、ヨーロッパ統合という理想のもとで漸次に克服してきました。ヨーロッパ共同体と北大西洋条約機構がそんなヨーロッパの統合を象徴していますが、それまた米国主導の元冷戦の道具であったのは事実で、2回にわたる世界大戦という暴力的対立の核であったドイツ、米国、英国、フランスなど主要な西洋諸勢力の内部の統合を意味するのであります。そして、このような統合の運きとその肯定的な効果が、脱冷戦時代に入っても持続されているということは周知の通りです。
 東アジアの秩序はこれとは大きく違いました。この地域で冷戦は20世紀の全時期にかけて経験した東アジア諸民族の内部の歴史的・心理的分断を縫合し、克服する契機になりえませんでした。かえって、その分裂と分断をさらに凝結し固着化する結果を生み出しました。そして、その真ん中に米国の極端な反共冷戦主義という世界経営のイデオロギーが置かれていました。それは米国が主導する軍事同盟の秩序へと具体的に制度化されました。
 このような状況は脱冷戦期に入っても根本的には変わりませんでした。米国はユーラシア大陸の不確実生と不可予測性を前に立てて、冷戦時代に構築された自分の主導する軍事同盟の秩序を調整してきました。さらに、ミサイル防禦体制という先端軍備競争を先導することで、新しい次元の、いや、言葉通り'鉄のカーテン(iron curtain)'を東アジア大陸の海岸線にそって構築しています。これにより東アジアの秩序は中国と日本の間に、そして北朝鮮と日本の間に内在してきた歴史的不信と憎悪の壁を真に解消する機会を一度も許されずして、'東アジア諸民族の間の心理的へだたりの歴史的凝結'という状態が、またもやいつ終わるかもわからないまま延長されているのです。
 二つ目に、韓国と日本は米国の主導する軍事同盟秩序で一緒に編入されているので20世紀全般の日本の軍国主義的ファシズムと韓国の民族主義との間の歴史的対立を外観上克服し、地域的統合を成し得たような模様を取っています。しかし、それは外側に過ぎません。日本の保守勢力は、将次統一された朝鮮半島の未来を不安な目で眺めています。朝鮮半島の閉鎖的な保守的勢力もまた、南北の間の緊張が解消すればするほど莫大な軍事力維持の名分を日本に対する旧怨から探すことができます。これは長期的には日韓両民族間の葛藤と相互不安の心理をいつでも増幅させることができます。さらに、両社会内部で力の論理を崇拝し、内部の不義を外部に対する敵対心で隠蔽しようとする政治社会勢力が歪曲された"記憶の政治"を拡張させながら、日韓両国の間だけでなく東アジア全体に不安と不安定が招かれる恐れがあります。これは両社会の内部の貴重な資源を人間的必要を充足するのに使用するのではなく、対外的な葛藤と憎悪の政治を発展するのに浪費する破壊的な資源配分構造を永続化する恐れがあります。この状況は冷戦時代に外見上、日韓両民族間の軍事的統合で接着剤の役割をなした米国の軍事戦略が米国の必要により変更されるときに、もっとその歪曲と不安の幅が大きくなる可能性があります。日韓の間の関係でもこのように20世紀全体を通じてこんがらがった誤った歴史の結を解いていく、何らかの糸口を探すと同時に建設していかなくてはならない要請がここから始まります。
 三つ目に、アジア秩序は東アジア諸国と諸民族との間でのお互いで直接的で高度なる政治的意思の流通のための構造を持ち得ませんでした。脱冷戦時代にも、その根本構造は変わりませんでした。東アジア秩序の総体的媒介者であり、調整者である権力ブローカーの役割を米国が自認しているし、現実的な構造がそれを不可避にしています。韓国と日本は、いわば'自由陣営'に属していますが、二つの国を連結させる網は真なる歴史的和解に基づいた自立的で高度な政治的対話の存在ではありません。米国により主導的に作られ、且、調整されてきた米国の媒介を経て、それでもって根本的に、間接的で、軍事と経済中心の不均衡な関係に違いありませんでした。中国と日本の関係もまた、1970年代末の日中関係正常化にもかかわらず、両国が真の高度なる政治的対話をしてきたのではありません。中国に対する日本の政治/軍事的戦略基調はまさに日米同盟という枠組みにより決定され、規制されてきたのです。だから、東京と北京の間には自立的で高度な政治対話がなかったといっても過言ではありません。つい何年前までも朝鮮半島の南北韓関係もまた直接的な交通は外皮的なものに過ぎず、それぞれ北米間の軍事同盟、または朝米間の敵対的関係軸により媒介され、統制された歪曲された関係だけが存在しました。北朝鮮と日本の間に米国を介さない直接的で高度な政治的対話が存在しなかったことは、またいうまでもありません。
 このような構造では、米国とアジア同盟諸国との外交と軍事政策は、米国という外部軍事強国の世界覇権戦略の一要素である軍事同盟政治の一つの手段として転落してしまいます。そんな中で、東アジア諸国は自分達の内部の信頼を構築し、そのことにより共同安保のヴィジョンと制度を発展させ東アジアの平和的秩序を自ら構築し、それを基として世界の平和と人道的秩序を築くことに貢献する能力を追求することが、ほとんど不可能になります。永久的な障害者の状態に残ります。これは19世紀から始まった、西洋帝国主義の侵奪の歴史の延長でもあり、それを受け継いだ日本軍国主義の歴史的罪過の結果でもありますし、冷戦時代と脱冷戦時代に持続された米国の東アジア覇権戦略の結果でもあります。また、それによい名分を提供し、利用されてきた朝鮮半島の戦争と持続された分裂がまた重大な根拠でした。そして最も根本的には、その構造の中で私達自身のヴィジョンと想像力に基づいた新しい秩序の構築を放棄した私達自身を含めて東アジア諸民族内部の努力が微弱だったからです。
 その結果、今に到るまで東アジア秩序は内部の自立的な政治的交通の構造を持ち得ないまま、米国の覇権という外の力の論理により規定され、且、運営される非常に他律的な関係構造を抜け出せないでいます。まさに、このような構造が20世紀全般において構築された東アジア諸民族の間の心理的隔たりが、この冷戦構造により凝結し、脱冷戦以後にも米国主導の軍事同盟の政治により持続されている原因です。
 このような構造は、韓国と日本、そして台湾にして、限りなく習慣的に米国の軍事力、そして米国の核の傘に依存させることを不可避にさせました。そのような心理的依存構造が永続化しているのです。さらに、米国の世界戦略は冷戦時代の中国とロシアとの絶え間なき核軍備競争に加え、今はミサイル防禦体制競争を呼び起こし高度な全地球的緊張の構造を維持させようとしています。東アジアにおいて米国の同盟諸国は、米国のそのような攻撃的世界戦略の一部として編入され、その中で歪曲された東アジアの他律的で惰性的な構造に不断に再生産されているという有様です。
 このような構造からの脱皮は唯一、東アジアで自律的、且、この地域の諸民族をお互いの真なる歴史的和解に基づいた共同安保のヴィジョンと制度を創造する作業を通じて可能でありますが、まさに、そのような構造のため、東アジアの共同安保秩序の創出は米国の軍事戦略と軍事力、そして米国の主導する軍事同盟の政治に対する全面的な依存から一歩ずつ脱皮していこうという努力を意味する以外にありません。
 まさに、そんな意味でも脱冷戦時代においても持続された、東アジアの不安の一つの要素であった朝鮮半島の南北の間での真なる解氷は重大な歴史的意味を持ちます。6.15南北首脳会談を通じて南北間で高度な政治的対話が交通し始まったということは、東アジアの秩序の構造に対する最も根本的な挑戦の一つになることができます。これは、'力の外交'を前に立てた、ブッシュ一行政府の出現で、様々な形態でもっと多く試練に出会うでしょうけれど、それにもかかわらず一つの重要な変化の起点を作ることには違いありません。
 このように朝鮮半島で始まった変化を東アジア全般を支配してきた不安定構造の改革へと、導く東アジア共同安保ヴィジョンの中の一つに、東北アジア非核地帯化のための朝鮮半島と日本の間の協力が担当する歴史的役割があります。

3. 韓国と日本が主体になる非核地帯化が東アジアの共同安保の試金石である理由
 東アジア共同安保の始まりは、朝鮮半島の南北間の平和過程を基として朝鮮半島と日本との間の真なる共同安保のヴィジョンから始めるのが最も自然です。そして、これが最も緊要とされる第一歩となります。既に言いふれましたように、その間、韓国と日本の間に米国を媒介として運営されてきた軍事的協力関係が朝鮮半島と日本との間の歴史的和解を基礎とした共同安保の実践のように見えますが、それは外側だけであり、その真の内容はそれとは、かなりの隔たりがありました。米国が主導する韓米日の安保同盟の秩序は、北朝鮮を可視的に共敵とする、朝鮮半島の分裂と分断の時代を前提とする軍事同盟でした。二つの民族の間に、歴史的に形成された心理的隔たりを米国という権力と冷戦という時代的条件が他律的に縫合させておいたのに過ぎません。これは朝鮮半島の平和過程を前提とする共同安保ではなく、それ自体が冷戦時代の遺産に違いないのです。よって朝鮮半島での平和過程が始まる今日の時点で、冷戦時代の遺産が抱えているそのような作為的な臨時の秩序を越えて、南北を包括する朝鮮半島全体と日本との間の真なる共同安保を建設する努力が必要であり、またそのような可能性の基礎が準備されたと見ることができます。このような可能性を具体化させて、日韓関係の真なる新しい出発を模索するのは、すなわち、東アジア共同安保のためのヴィジョンの開発と実践の試金石になるのです。
 米国を媒介として同じ軍事同盟装置に属して来た、日本と韓国の間で、真なる共同安保が成立されないと、冷戦時代の全体を通じて、そして脱冷戦時代に入ってもお互い実質的な仮想敵とされている日本と中国の間で、共同安保の心理と制度が成立することを期待するのは誰が見ても無理である。
 そんな訳で、東アジア共同安保の出発点は、朝鮮半島と日本の間の新しい関係定立から始めなければなりません。そして、その始まりは、非核地帯化のための朝鮮半島と日本の間の共同努力から探すことができます。その理由は、少なくとも三つあります。第一、南北韓の韓国民族と日本を分けている歴史・心理的隔たりは過去20世紀の全体にかけて凝結されたまま真に解消される機会を持てなかったため、二つの民族の間で最も極端的な対立を想像できることは、そんなに異常なことではないと多くの人は感じることができます。特に朝鮮半島は日本との間の両者関係の様相によって、または、その二つ国を囲んでいる他の周辺諸強国の間の関係変動により、さらに、米国の世界覇権戦略の向方とそれによる米中関係または米ロ関係の緊張可能性により、朝鮮半島と日本は相互軍備競争に進むことのできる潜在性があります。そんな恐怖は、朝鮮半島と日本の人々の心の真ん中で知らず知らずのうちに隠れています。日韓の間の武力競争の可能性の最も破壊的な象徴になりえる核武装競争、その可能性を遮断すること、そして、それを制度化する努力、これが東アジア共同安保の最初の歴史的プロゼクトに選択されるのは至って論理的なことといえます。
 第二に、共同安保はそこに参加する国と民族の明らかな共通点を基にして始めるのが自然であり、かつ、それにより強固な基礎と作用させることができます。東アジアの全体的な秩序の中で、朝鮮半島の南北韓と日本が共有する最も重要な政治的共通点は、みな核兵器を保有していないということであり、それを原則として公開宣言した国であるという点です。これは、不幸中実に幸いな現象です。朝鮮半島と日本の間の共同安保は、まさにこの共通点から出発してこれを制度化することで始めることができます。これが米国の核覇権戦略により外から強要されたのではなく、朝鮮半島と日本の心の真ん中から発展した共同の合意と、それを制度化することから、私達の共同安保の理想は現実に地上に立つことができるのです。
 第三に、韓国と日本の対米安保依存の一つの中心に、米国の核の傘に対する軍事的/心理的依存が置かれています。中国とロシアが核武器を保有している状況で、韓国と日本が非核原則を守るということの究極的な現実的基礎には、米国の核の傘提供だと認識されています。これは韓国と日本は米国の核の傘による"保護"を前提としてだけ非核原則を守ることができる訳で、つまり韓国と日本の安保は米国の恐るべき核戦力を前提としてだけ可能だという認識が、韓国人と日本人の思考を支配しているということです。そればかりでなく、日本人と韓国人はお互いに相手方の核武装を牽制しているのは米国の安保公約と核の傘提供だという認識を基本的に持っています。
 このような状況では、朝鮮半島と日本が米国に全的に依存しないで相互信頼を基に百年大計の共同安保を考えることは非常に難しいです。よって両国が一緒に非核原則を守りながら、同時に米国に対する依存を縮小していく第一歩は、非核原則を守りながらも米国の核の傘に対する軍事的/心理的依存を解消していける制度的装置を両国の間に建設することです。その第一歩は、確かに東北アジア非核地帯化であり、その出発はこの朝鮮半島と日本の間の非核地帯化の為の努力しかありえないのです。まさにそんな意味で、幾年前から南北韓と日本およびモンゴルのような非核諸国が主体となった、東北アジア非核地帯化のヴィジョンを提示し、その実践を力説してきた梅林宏道先生の提案は問題の本質をつかんでいると考えられます。

4. 東北アジア非核地帯化運動が全地球的平和において持つ意義
 既に核武器が拡散されて相当数の国家が核兵器を保有している世界で核を保有しない国家の選択は二つあります。一つは、核兵器を作って保有国家に合流する道です。これは莫大な資源の浪費を伴いながら、既存の核兵器保有国家の主導する核不拡散体制による国際的経済および軍事的制裁を甘受しなければなりません。制裁にもかかわらず、もし開発に成功したとしても、その国の安保の助けになるよりも、かえって核保有国家の攻撃目標になり安保危機が増加します。そればかりでなく、周辺諸国との安保ジレマーを深化させることになります。また、核兵器を通じた安保の確保という核武器主義に吸収されることによって、全地球的に核兵器を保有した大小の国家がほえ合うサソリ国家体制を深化させます。そして、人類全体に対する核兵器主義の威脅を強化するのに手助けすることにより究極的には、自国の安保不安を加重することになります。
 もう一つの選択は、全世界の非核化(global nuclear abolition)のために国際的共同努力を促進することです。核兵器から自由な地球を建設することに参加することです。ここにも、さらに二つの態度がありえます。一つは、核兵器保有諸国に向けて核兵器を完全廃棄するように要求しながら、終わりなく待つことです。これは言葉通り終わりのないことです。もう一つは、まず核兵器を保有しない国家同士、非核地域を構成して、その中で核兵器を生産、配置、保有しないことを共同約束とし、核兵器を保有した国家は少なくとも、その地域内では核兵器を持ち込むことや使用すること、または使用すると脅迫できないよう国際法的約束を確保することです。すなわち、非核地帯を建設するのです。
 ある現実主義者は、統制された形態で核兵器が拡散される方がかえって、全地球的な戦略的安定に為になるという主張をします。サソリでいっぱいの国際秩序を現実的な代案として考えているのです。しかし、これは何よりも核武器を掌握した世界の権力集団全てが実に合理的に行動し、核兵器を徹底して、理性的に管理できるという検証されていない危険な幻想に依存した主張であります。
 その一方で、核兵器主義が支配する国際秩序に質的変化の展望が見えない時また、私達はそのような論理によく出会います。しかし、核兵器の究極的廃棄という理想が遠くにあるとしても、その過程として行う努力を強化すること、それ自体として意味があります。それは諸国がそれぞれの軍備競争のジレマーから一足ずつ抜け出し、新しい共同安保の秩序へと進める意味のある過程に入ることを意味するからです。そして、そのような過程がくされるほど核兵器および、人類自滅の諸兵器から人類が究極的に自由になれる希望もそれだけ新しくなるはずです。
 非核地帯化を建設するのは、四つの意味で究極的に地球の非核化に貢献できます。第一に、核兵器を保有しない諸国家の間にも潜在的には核武器開発に対する誘惑、またはその国同士の核武装競争に対する誘惑を振り落とすことによって、全地球的な核拡散を制限することになります。これは核拡散の慣性を遮断すること、それ自体として意義を持ちます。第二に、非核地帯構成に参加した国家の間で武力と戦争に依存しないで紛争解決のメカニズムを構築する、1つの重要な出発点になります。これは、それ自体としてその地域諸国家の間での共同安保(common security)の枠組みを構築する基礎になります。第三に、他の国が平和時、または戦時において核兵器をその地域に入れないということを明確にすることで、核武器保有国の間の核戦争が非核地帯国家へと拡大することをふせぐ限り、装置として機能することができます。第四に、これら非核地帯の拡散は究極的に核武器を保有している国家にして、より一層の核軍縮を実行し、さらに核兵器の完全廃棄へと進むようにする国際的な圧力として作用することになります。
 ヨーロッパの平和運動とゴルバチョフが起こした新思考革命から脱冷戦が始まり、それは米国とロシアの間に制限的ではあるが意味のある核軍縮が連結しています。その一方、全地球的に成長し、拡大してきた非核地帯構築の流れは、核兵器を眺める人類の認識と態度が変化できるということを教えてくれます。去年の9月スウェーデンのウップサラ会議でマラブ・ダタン(Merav Datan)が発表した論文は、核武器廃絶に向けた新しい国際規範が形成されてきたという希望を私達に確認させてくれます。現実の障害物に対して冷徹な認識を持ち、冷笑ではないまじめな努力で進んでいく時、そして、唯そういう時だけ、私達は新しい認識と新しい秩序の胎動を期待することができるはずだ。

5.東北アジア非核地帯の建設において私達が前提とする基本原則
 冷戦時代以後、今日にいたるまで人々は反核を平和と分離して考える傾向が強いです。反核運動は、平和運動の一つの極端的な流れに過ぎないと思う傾向があります。しかし、今日、核兵器が人類を共同の破滅へと導く最も破壊的な軍備競争の象徴であり、その頂点にある過去半世紀の状況で、反核は、すなわち破壊的な軍備競争を通じて人類を戦争と絶滅の不安と恐怖に追い込む非理性に対する最も根本的な政治的挑戦であります。反核は平和運動の極端ではなく、その真ん中にあるのです。反核を平和と分離し、一つの特定なる平和運動の極端的な形態として思うのは、この半世紀の間、世界を武力の優位を通じて支配してきた核武器覇権国の政治イデオロギーである核兵器主義(nuclearism)の表現に過ぎないのです。
 反核と平和は別のものであるという思考方式は、核武器を戦争と破壊ではなく平和と安保の手段として宣伝されてきた支配理念の一つの表現です。核武器は相手方の安全に対する破壊力と脅迫の極大化を通じて、自己の安全を守るというのが最も極端的で最も利己的な、しかし結局は最も自己破壊的なものになることができる現代の無限軍備競争の象徴です。よく恐怖による均衡といいますが、ここに介入された利己的な国家主義の目標は恐怖による不均衡の極大化を通じた自己安保の確保だというのです。しかし、それは究極的には人類共同の安全を不可能にすることだけではなく、一度に破壊することのできるメカニズムに過ぎません。これに対して正面からの対面と対決なしに世界や東アジアの平和制度を口に上げることは不可能です。
 最後に、東アジア非核地帯化を建設しようとする我らの共同の東アジア共同安保に向けた努力が、常に念頭に置かなければならないいくつかの基本的な原則に対して考えて見る必要があります。
 第一に、東北アジア亜非核地帯化は、究極的に人間安保と民衆安保の原則に貢献する目標の一環だと思います。これは、美しい地球の自然を含めた人類の貴重な資源と労働を社会内の不義と抑圧のために、そして他者の社会に対する破壊の為に使用する構造を拒否し、究極的に民衆の生活を改善し、人類共栄の秩序を建設するのに人類の資源と労働を活用するようにすることに根本的な目的があるのです。
 これは言いかえれば、強大国と支配集団の歪曲された資源配分の構造に基礎した軍備競争と、それに基づいた力一辺倒の安保観と安保論理に反対し、資源配分を民衆の生活の質を向上させる努力に最優先させる安保戦略を促す原則です。それはすなわち、階級的・民族的・地域的抑圧と差別を克服し、民衆の人権と生活の質を向上させるという究極的な目的に附合する平和運動の原則です。
 第二に、自主的公同の原則です。東北アジア非核地帯化は、究極的には米国の軍事力と米国の核の傘に依存しない東アジアの共同安保秩序の創造のための努力という性格を帯びるしかありません。しかし、これを米国の軍事力を私達内部の我ら自身の軍事力に代えようとするものと誤解しても、また、実際に代えても決してなりません。覇権的軍事力に依存しない地域内緒国家の内的な信頼構築と国際制度に基づいた共同安保を追求することでなければなりません。要するに、米軍に依存しないという安保秩序を創造するということは米軍を撤退させて、その空白を韓国軍や日本軍で埋めるということを意味するのでは決してないのです。米軍の存在は、日本軍と韓国軍の無気力の証拠ではなく、東アジア諸国の間の共同安保の哲学とその実践に必要な相互信頼と平和の制度の欠乏を意味するのです。だから、米国の軍事力に代わるのは東アジア諸国自身の新しい軍事力膨張ではなく、そのような共同安保を指向する哲学であり、政治的実践であるべきです。米軍が撤退した後に存在するであろう東アジアの空白は、力の空白ではなく、まさにそのような共同安保のヴィジョンと哲学、そして政治的実践なのです。
 第三に、非核地帯化運動は私達が2000年9月、ウップサラ会議で採択したウップサラ宣言(Uppsala Declaration)で明確にしたようにミサイル防禦体制に対する反対を本質的要素としてふくむ実践です。ミサイル防禦体制は、冷戦期に比較的自制的であった宇宙の軍事化を本格化すると同時に、また、東アジアを含めた世界の主要地域で、宇宙的規模の鉄のカーテン設置する競争を生み出すことによって強大国観で準冷戦状態を招く恐れがあります。このような新しい次元での先端軍備競争は、反核平和の目標を根本的に傷つけるに違いありません。なぜなら、ミサイル防禦は核兵器が人類に巻き起こす危機を核兵器の除去を通じてではなく、もう一つの次元での先端科学武器体系に対する資源浪費を通じて克服するという幻想を強める破壊的な理念的効果を招くからです。
 第四に、非核地帯化は、環境にやさしい共同安保戦略を追求するという原則に基づいていますし、また、そうでなければなりません。これは、原子力産業を迂回的に保護するための非核地帯化の概念に反対するということでもあります。環境にやさしい共同安保の延長線で非核地帯化を追求しなければなりません。こんな趣旨で私達は、1991年の朝鮮半島の非核地帯化宣言で南北韓が核兵器だけでなく、平和的な核利用を名分とした核再処理施設を放棄したことを支持します。この原則は統一された朝鮮半島でも守らなければなりません。私達が日本政府が平和的な目的として掲げている高濃縮核物質の再処理施設を保有し、且、莫大な量のプルトニュームを蓄積していっている政策に対して、強力な反対の意志を明らかにしているのも同じ脈絡からです。
 第五に、東北アジアの非核地帯化の為の日韓の間での共同努力を導くヴィジョンは全地球的な平和運動との間の連帯の原則だということを再確認しておきたいと思います。これは、全地球的な平和運動、そして国連のような超国家的な国際平和組織の役割と能力を強化するのに貢献し、参加するということでもあります。東北アジアの非核地帯化が根本要素の1つになるであろう東北アジアの共同安保秩序の実現は、東北アジアの軍事ブロックの形成ではなく、全地球的な人間安保のネットワークを建設することにおいて東アジアが自立的で能動的に同賛するという事を意味します。だから、東アジアの共同安保のヴィジョンとその実践を導く哲学は、東アジア主義のような地域主義や東アジアの特殊性を浮きぼりにした歪曲された地域言説ではなく、全地球的な普遍主義であり、世界市民主義(cosmopolitanism)であります。
 多くの人は言います。日本が真に自身の歴史的罪過を反省しない状態で、どうして正真正銘の歴史的な和解とそれに基づく共同安保の努力が可能であろうかと。これは確かに間違った話ではありません。しかし、韓国でも真なる平和を願わない人々がほとんど常にいるように、日本でも周辺諸国に対する歴史的な罪過を認めないばかりか、反省しようとしないで、ただ、日本の力、または日米同盟の権力政治に基礎して君臨しようとする勢力が常にいます。そして彼らの存在の政治的影響力は、日韓両国の平和と良心ある諸勢力の間での連帯と共同努力のない状態では、さらに大きくなるばかりです。共同安保のための共同のヴィジョンが議論および実践される中においてだけ、真なる歴史的和解を追求する人々の声と力が、日本と韓国において、力と傲慢の論理を克服していけます。過去を口実にして今日の課題を延期すればするほど、未来は真なる歴史的和解を願わない"東アジア分断体制"の既得権諸勢力の分け前として残るでしょう。東北アジア非核地帯化のための韓国と日本の平和運動の連帯と共同努力は、そのような未来を願わないがために一層、切実な歴史的要請になっているのです。
 このような努力を一緒にするためにここに集まった、日本と韓国の反核平和運動において、今日は真に意味深い日だと思います。私たちが進むべき道は決して容易ではないでしょう。過去の半世紀にかけて強大国の権力集団と大衆、そして私達自身の考えを支配してきた核兵器主義という巨大な理念的装置と、現存する"東アジア分断体制"という現実歴史の構造を対象とする至極に困難な挑戦の旅程になるでしょう。しかし、始まりは半分の成功という言葉もあります。今日、この場で日本と韓国の平和運動が踏むこの小さい一歩が、後日の歴史で一つの美しい巨歩として記録されることを祈願いたします。



ページの先頭に戻る


特定非営利活動法人
ピースデポ
〒223-0051 横浜市港北区箕輪町3-3-1-102
TEL:045-563-5101 FAX:045-563-9907
Email:
office@peacedepot.org