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【継続審議、今後の課題】
次期国会へ「先延ばし」
政府与党は7月18日までに、衆議院「武力攻撃事態対処特別委」に上程された有事関連3法の今国会成立を断念し、継続審議とする方針を確認したという。審議未了・廃案には一歩及ばなかったが、これで小泉人気にあやかりながら「備えあれば憂いなし」のキャッチコピー一本で有事法案を成立させようとした政府のもくろみは、とりあえず阻止されたことになる。「周辺事態法」から「PKO協力法」改正、「テロ対策特別措置法」へとつづいたここ数年の逆流現象を振り返ると――審議中に続出した“敵失”による僥倖要因も働いたとはいえ――近来にない“護憲・反戦”世論の盛り上がりが確認できたことは大きな成果だった。とくに6月にはいって400をこす地方議会からの“法案撤回決議”や“反対・慎重審議決議”が採択され、地方公聴会で圧倒的な反対意見の開陳がなされたことは、政府与党の足をすくませるのに十分な圧力になった。6月以降国会審議が急に失速した背景には、間違いなく地域からの異議申し立てが作用している。
しかし有事法制問題は終わったのではなく、先延ばしされたに過ぎない。次期国会以降に新規蒔き直しが図られると覚悟しておかなければならず、その間にさまざまな駆け引きや“化粧直し”の策動がなされるであろう。だからここで気を緩めるのではなく、「水に落ちた犬は打て」の構えを取りつづける必要がある。
二つの「仮面」
今回の法案は二つの“仮面“をつけていた。
自衛隊の海外派兵と集団的自衛権行使を包み隠す“武力攻撃予測事態”という眼差しを欠いたあいまいな表情の仮面、および武力攻撃から国民の生命・財産を保護する“国民保護法制”という触れ込みの一見やさしそうな仮面である。その実、片方は“偽りの仮面”であり、もう一方は“空っぽの仮面”であった。法案が未成立に終わったのは、仮面の下にある実像が見破られたからにほかならない。すなわち“日本有事”という想定を示しつつ、実際はアメリカの戦争に自衛隊を加担させる“国産牛肉擬装事件”と同じ構図がまず明らかになり、ついでその効果的な遂行のために地方自治や基本的人権を“国民保護法制”の名分下、国家総動員体制に組み込む統治システム組換えの仕組みが暴露されていった。
審議開始冒頭における“武力攻撃が予測される事態とは周辺事態と重なり合う状態である”という防衛庁長官答弁によって、法案の目的が、アメリカのイラク攻撃への参加をも念頭に入れた海外派兵にあることを国民は知った。あいまいな表情の仮面は、集団的自衛権行使に道を開く策略だったのである。同時に、もう一つの仮面には国民の生命、身体及び財産を保護する“事態対処法制”の制定が掲げられながら、その中身はといえば、「この法律の施行の日から二年以内を目標として実施するものとする」という先送りが示されているだけのガランドウで、政府に地方権限の白紙委任を求める冷酷な正体が読みとれた。法案成立後は、国民生活の安全や権利保護より“指定公共機関”=民間企業への業務従事命令、物資保管命令が優先されるだろうこと、また地方公共団体に対する首相の指揮、代執行権確立につながる運用戦略の本質部分が、地方自治体の長や労働組合に時がたつにつれひろく認識されることになった。連合が最終段階になって廃案要求に踏み切ったのも、ここまであからさまになれば無関心でいられなくなったからであろう。
秋に開く「第二幕」
こうして有事法制国会審議の第一幕は、政府の敗北に終わった。憲法を無視し国民をあざむく偽りと真空の仮面劇が、みずからを滅ぼす墓穴を掘ったのである。それは映画『カンダハール』のメッセージ――「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」を思い起こさせる。同時にそこでは憲法を破壊するような法案を提出した政府だけでなく、憲法に対する大労組の無関心も批判されているのである。
やがて第二幕が開く。次回は“国民を守る手立て”が前面に押し出されるのは確実だ。先送りされた警報の発令、避難の指示、被災者の救助、社会秩序維持などを盛り込み、“民間防衛活動”や“自主防災組織”創設をかかげるニューモデル有事法案がやってくる。それにどう対応するか。国土戦を想定し、自衛隊への後方支援を要求する次の対決の場“国民保護法制”に、護憲の立場から反対を貫く論拠を固めておかなければならない。それには歴史に学ぶ必要がある。沖縄戦で住民がどう扱われたか、“満州の残留孤児”はなぜ生まれたのか、自衛隊が、それら旧日本軍の行為を自己批判し克服した軍隊であるか、また、そもそも軍隊によって住民生活が守られ得るのか、さらに自衛隊でなければどんな組織が有効なのか――外にも内にもきびしく問う視点を準備しておかなくてはならないだろう。(2002.7.22)
★マエダ便はここでひとまず「仮とじ」です。
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