<第1議案>

2005年度事業報告(案)

 

§1 概観

ヒロシマ・ナガサキの被爆から60年の節目を迎えた2005年、核をめぐる国際情勢は深刻な困難に直面することになった。核兵器廃絶に向けた国際的な運動が広がりを見せたが、5月のNPT再検討会議をはじめとする多国間交渉の舞台は実質的な成果をあげられず、出口が見えないまま行き詰まり状態が継続している。それと重なるようにして、イランや北朝鮮における核兵器拡散問題も深刻な状況が続いている。また、この一年においては、米軍再編によって日米安保体制が新しい局面を迎えた。日米のミサイル防衛共同体制の動きが顕在化し、それが憲法改悪の動きと連動しようとしている。自治体が納得しないまま、基地再編や原子力空母の母港化が強行されようとしている。日本におけるこのような動きに、近隣アジア諸国は懸念を強めている。

多くの人々が日本を取り巻く平和と安全保障の問題に関心と不安を抱かざるを得ないこうした現実を前に、ピースデポは新鮮な情報を提供するとともに、「軍事によらない安全保障体制の構築」に向けた具体的構想とプロセスを提案し続けてきた。平和政策の基本となる視点を市民の立場から提起するピースデポの役割はますます重要になっている。

 

■組織面

組織運営・財政の面からいえば、ピースデポは2005年、極めて厳しい試練に直面する結果となった。財政健全化に向け数年にわたって試みてきた新事業開拓の努力の点検が十分されないまま、事業目標の多くを達成できないまま経過し、次年度に多くの課題を残す結果となった。

2004年度の反省として、2005年の基本方針の一つに「中期計画の達成状況をたえず点検し改善策を模索、実行」するという目標を掲げ、年間を通じて組織状況をフォローするべくフォローアップ委員会(委員長:事務局長代行)が設置された。状況の把握がフォローアップ委員会によってなされ、中期ビジョン委員会がその諮問を受けて協議するという計画であったが、計画倒れに終わってしまった。

このような問題を残しつつも、2005年において最も特徴的な取り組みであったのが、「ひとつの力」キャンペーンであった。10年間に培われたピースデポの人的ネットワークを活かし、会員・読者・支持者との協働による組織強化と事業展開をめざすものである。コミュニケーション・データベース、スキル・バンクなど一定の成果をあげつつ、現在も継続している。キャンペーンの発展と今後の活用が課題である。

 

■事業面

 2005年においては、被爆60年・NPT再検討会議に向け日本国内の核廃絶世論形成への積極的貢献を行うこと、および北東アジア地域の「共通の安全保障」確立のための集中的な取り組みを実施することを重点課題として取り組んだ。また、これらの活動を通じて、次世代を担う若者層を含め日本の平和運動を支える層を拡大していくことを目指した。活動は精力的に展開され、ほぼ所期の目的を達したといえる。しかし、この努力が、組織面における強化と結びつける点において課題は残されている。

3年間続いたトヨタ財団助成研究「市民社会が構想する北東アジア安全保障の枠組み」が最後の年を迎え、研究のまとめを無事終了した。その成果は、現在の日本が置かれている状況に十分に活かすべきであり、また活かすことができる内容であると考える。

イアブック「核軍縮・平和」が懸案であった商業出版化の目標を達成したこと、宜野湾市の委託を受けた沖縄の米軍基地に関する調査活動においてピースデポが一定の貢献ができたこと、を特筆しておきたい。

 

 以下では、個々の項目について報告する。

 

§2 事業プログラム

 

(1)2005年NPT再検討会議に向けた取り組み

 NPT再検討会議に向けては、NGOの動きを情報・リソース面から支援するとともに、核軍縮への国内世論を喚起するさまざまな取り組みを実施した。「核兵器・核実験モニター」誌上、及びピースデポ・ウェブ上で「2020ビジョン」をめぐる国内外の動きを伝え、情報発信活動を継続した。また、「核軍縮:日本の成績表」を、過去5年間の評価を総合的に評価した一般向け冊子(日・英)を2月に作成し、普及活動に取り組んだ。核をめぐる国際情勢を平易に概括した小リーフレット「なくなるのはいつ?未来のためのガイドブック」(ジャバラ冊子)も2月に作成した。

 広島、長崎、首都圏の市民によるゆるやかな連絡会議(「核兵器廃絶−2005NPT市民連絡会」)は、全国的な共同の取り組みの集大成として、「核廃絶は市民の手から−被爆60年を転換の年に!2.19NPT市民集会」(2005年2月19日、東京)を開催したが、ピースデポは実行委員会参加団体として準備の一翼を担うとともに、その後も引き続き各地の動きをつなぐコーディネーション機能を保ち続けている。

 メキシコシティで開催された初めての非核地帯加盟国会議(4月末)の市民社会フォーラムにピースデポは参加し、東北アジア非核兵器地帯について訴えた。NPT再検討会議(5月、ニューヨーク国連本部)には、ピースデポから5名(ボランティア2名を含む)が参加した。5月10日には東北アジア非核地帯をテーマにした3回目となる日韓NGO共催の国連ワークショップを開催し、翌11日には本会議中のNGO意見発表セッションで同テーマに関して提案を行うなど、積極的な活動を展開した。

 

(2)「北東アジア地域安全保障の枠組み」研究継続と成果のまとめと展開・普及

 財団法人トヨタ財団の助成を受け、2002年に11月に始まった研究プロジェクト「市民社会が構想する北東アジア安全保障の枠組み」は2005年10月をもって完了した。10月、3年間にわたる研究の成果を、包括的な提言冊子(日)と一般向けのダイジェスト版冊子(日・英)の形にまとめ、ウェブサイト上でも公開した。ダイジェスト版(日)は会員全員に配布されるとともに、関心をもつオピニオン・リーダーに配布された。

 東北アジア非核地帯構想を日韓の市民社会に広げていくという庭野平和財団助成プロジェクト「東北アジア非核地帯構想などの日韓市民への普及活動」は2005年にも継続された。2004年から作成を進めていた日韓ツイン・ブックレット「東北アジア非核地帯」は2004年12月(韓国語版)、2005年3月(日本語版)に完成した。日本語版は全会員に配布するとともに広く販売した。また、10月26日にはソウル市内で「東北アジア非核地帯と平和のための日韓国際会議」と題された日韓NGO主催の公開の国際会議を開催した。また、韓国の国会議員に非核地帯問題を提案した。

 

(3)核兵器・核実験モニターの月2回(1日、15日)発行

 4回の合併号を含め、225・6合併号から248号まで、計20回発行した。内容の充実とともにレイアウトに工夫をこらし、親しみやすい紙面の編集を心がけた。その一環として土山秀夫さんの連載エッセイと「写真インタビュー企画」の連載が始まった。

238号(7月15日号)は「創刊10周年記念特集号」となった。朝日新聞の文化欄でも紹介された。80人からのメッセージが寄せられたが、モニター誌が高く評価されていることが分かり、激励された。この評価を「ひとつの力」キャンペーンに生かす流れをまだ作れていない。

提案を受けて「読者の声」ハガキを始めたが、今のところ反響は少ない。

「単独でも使えるようなフルカラーのビジュアル企画」として、「地球上の核弾頭全データ」を作成し、240.1号の付録として配布した。新聞紙上で紹介された。単体での販売にも多少の反響があったが、目標に掲げていた会員・読者の拡大や団体大口購読契約の獲得などに直接的に寄与したとの感触は得られていない。

 

(4)イアブック「核軍縮・平和」の編纂・発行・普及

 2005年版の発行部数は2000部であった。高文研と発売元契約を結び、2005年末までに約500部を商業出版ルートで販売した。商業出版化に伴う経費増加のため、現状の販売数では書店を通すことによる収益増への実質的な貢献は今のところ少ない。しかし、書店に並ぶ意義、公立図書館など新たな販路の開拓や宣伝効果といった利点は大きいと考える。

ピースデポの直接販売分の売上実績は2005年末時点で859部である。これまでと同様に、日本非核宣言自治体協議会に270部を購入していただいた。このほかにも感謝すべき50部の大口購入があった。基本的には「集会売り」などの地道な販売努力が売上の中心を占めた。今後の販路拡大には、具体的でタイムリーな目標設定をもった宣伝・営業活動が課題である。

 刊行体制の整備・改善として、梅林代表を委員長とする「刊行委員会」が幹事グループを作り活動を活発化している。2005年末までに2回の刊行委員会を開催し、昨年よりも1ヶ月前倒しした2006年7月初旬の発行に向けた準備を進めている。

 

(5)「核軍縮:日本の成績表−NPT(13+2)項目に関する評価」

 プロジェクト最後の年として、過去5年間の日本政府の核軍縮努力に対する総合的な評価をコンパクトにまとめ、被爆60周年の全国的な核廃絶運動に役立つ資料となるよう、レイアウトに工夫したカラフルな一般向け冊子を作成した。特定目的寄付金が得られたことでそれが可能となった。前述の2.19市民集会において、評価委員の一人である土山秀夫さんが5年間の総合評価を概説し、冊子は全参加者に配布された。このほか、冊子は市民の学習会テキストとしてなど、さまざまな機会に活用された。これまでと同様、成績表は外務大臣に提出され、また、英語版は5月のNPT再検討会議において各国政府関係者やNGO関係者らに配布された。

 

(6)核軍縮議員ネットワーク(PNND)支援

日本ネットワークの活動の活性化を支援する活動に引き続き取り組んだ。前述の2.19市民集会に、PNND・日本の議員をパネリストとして招聘するにあたっての調整活動を行い、NPT再検討会議の開催中の国連内で開催されたPNNDフォーラムへの日本議員の参加を促進するなどの活動を行った。7月には第3回総会・学習会が開催され、NPT再検討会議の報告と評価をテーマとした。黒澤満阪大教授と梅林代表が講師を務めた。

 

(7)出版物の販売努力

2002年度に出版した「核兵器廃絶への道」(かもがわ出版)、「ミサイル防衛−大いなる幻想」(高文研)の販売促進が課題であった。2005年には極めて現実的な販売目標を立てたが、両者とも目標達成ができなかった。

 

(8)日本の情報公開法を活用した防衛・外交問題の調査

 インド洋に派遣された自衛艦の航泊日誌の公開を求める活動など、梅林代表を中心に継続した。

 

(9)調査プロジェクト「米軍」

 調査は精力的に行なわれ、多大な成果を上げた。宜野湾市の委託を受けた調査では普天間の海兵隊部隊の米国内基地への移転可能性を米国の国内基地閉鎖再編(BRAC)の動向を踏まえて分析した。2004年10月に始まった米国のミサイル防衛初期配備に関連して、米海軍のイージス艦の動きを調査し、米海軍が奥尻島西方にミサイル防衛作戦区域を設置したことを始めて明らかにした。この事実は「朝日新聞」「北海道新聞」など各紙に大きく報道された。さらに、原子力空母の母港に関しては、米議会の動向、安全性問題などの調査・分析に貢献した。調査は継続されている。

 

(10)日本の防衛予算に関する系統的調査

 常勤スタッフの体制が整わず着手ができなかった。

 

(11)執筆、講演、出演、取材への協力

多くの機会に実行された。

 

(12)海外活動への派遣

 5月のNPT再検討会議に、長年ボランティアとしてピースデポに関わっている大学院生の山口響さんを派遣した。その後、山口さんは、刊行委員としてイアブックの執筆・編集を分担するほか、執筆・翻訳協力、ワークショップ運営協力などを通じてピースデポの事業に恒常的に貢献している。

 

(13)公開講演会・セミナー等の開催

 2005年事業計画の通り、以下の2つの新しい取り組みを実施した。

@       核軍縮・平和問題の初心者向けワークショップ:若手のボランティアが中心となり、2005年内に計6回のワークショップを実施した。学生をはじめ関心ある新しい層との出会いの場として一定の効果をあげている。

A       平和フロンティア講座:梅林代表を座長として、ピースデポの調査研究活動の向上につながるような場を作る試みである。2005年には2度のセミナー(3月:「米軍再編と太平洋・オーストラリア」、12月:「東シナ海ガス田問題をどう考えるか」)を開催した。後者では学生ボランティアが中心的な担い手となった。

 

(11)ウェブサイトの充実

日常的な更新は行われているが、既存資料のウェブ上での利用を容易にするような改善は図られていない。また、ウェブ活用についてタイムリーな周知・宣伝を行うことも今後の課題である。

 

 

§3 組織体制の整備

 

(1)  中期ビジョン委員会の継続とフォローアップ委員会の設立

 概観に述べたように、事業計画と予算の進捗を年間を通じてフォローするべく設立されたフォローアップ委員会(委員長:事務局長代行)は開催されなかった。中期ビジョン委員会は12月に一度開催され、財政状況の正確な把握の必要性を確認した。この制度の抜本的な見直しが必要である。

 

(2)理事会とスタッフの新体制

 財政健全化を目指す「改訂中期ビジョン」実現のための基盤として、2004年11月に実現した常勤スタッフ3人体制であったが、2005年4月に常勤スタッフ2人+嘱託1人の新体制へと再び移行することとなった。採用したスタッフの思いがけない転職が直接の契機となり、過渡的な体制の再構築を余儀なくされた。

総会での方針通り、事務局長代行のもと事務局中心の組織運営に移行し、相談役として理事会担当理事(田巻理事)が置かれることになった。事務局中心の運営体制の整備・改善は徐々に進められていったが、課題とされた財政状況の把握、改善に貢献するような事務局運営を行うことはできなかった。前項目と合わせて、2006年度の大きな課題である。

 

(3)会員、出版物固定読者の拡大:数値目標の設定

組織の安定的維持には欠かすことのできない会員および出版物固定読者の拡大を中心とした財政基盤の拡充を追求した。多くの種が蒔かれたが結果は出ていない。今年も、会員数の伸び悩み、「核兵器・核実験モニター」定期購読者数の減少、新規大口読者層の未獲得、イアブック固定読者の未開拓など、多くの目標が未達成に終わった。さまざまな試みを、流れとして成果の収穫に結びつけるためには2006年第1四半期における努力が極めて重要になると考えられる。

 また、すでに述べたように、中間点検と改善策の協議が行われなかったことも、大きな反省点である。

2004年度との比較による会員・購読者の推移は次の通りである。

 

2004年度末

2005年度末

  増減

会員総数

     491

     484

7

  正会員個人

      201

     193

8

  正会員団体

        7

       8

  +1

   賛助会員

      172

     181

  +9

   割引会員

      108

      99

  △9

 賛助特別会員

        3

       3

  

モニター購読者

      203

     174

  △29

 

会員においては、新規入会者は32名と、目標の20名増を超過達成したものの、39名の退会者により、結果的には7名の減となった。また、モニター購読者は新規購読7名に対して購読中止36名であり、大幅な減となった。目標の30名増、団体大口購読者の3口新規獲得という数値目標はともに達成できなかった。2005年末の購読者174人の中には、「誌代切れ」48人が含まれている。

 

(4)支持層を拡大するための新方策の検討と実行−−<ひとつの力>キャンペーン

ピースデポの最大の財産である人的ネットワークを拡充・活性化するために、次のような活動を行った。前項と関連して10月頃に予定していた「一人紹介キャンペーン」については、準備が遅れたため着手できず、次年度早期への持ち越しとなった。

@     モニター10周年記念号、非核地帯ツイン・ブックレット、ジャバラ冊子、カラー版核弾頭地図、トヨタ報告書ダイジェスト版など、「ひとつの力」キャンペーンの展開に活かすことを念頭において、企画・編集・配布した。

A     コミュニケーション・データベースの作成:事務局と会員との双方向的コミュニケーションを拡充するために、会員のデータ・ベースを作成し、情報の一斉送信のためのシステムを整備した。アンケートの実施に先立ってはピースデポの個人情報管理ポリシーを明確にした。データベースの活用体制はまだできていない。

B     スキルバンクの作成:会員の皆さんの得意な仕事や協力可能な分野を教えていただくことにより、ピースデポの活動に参加する機会を拡大しようという試みである。2005年末時点で41名が登録している。翻訳依頼などに活用されているが、まだ十分とは言えない。

C     「読者の声」ハガキ(受取人払い):ハガキを2度にわたり発送した。先に述べたように、まだ反応は少ない。

D     「トライアル会員」制度の創設:モニターを試行的に3ヶ月だけ購読できるシステムである。これ自身をふやす目的ではなく、入り口を増やす趣旨である。2005年末時点で1名が登録している。

 

(5)ニューズレターの発行

 日本語版を5月15日と12月15日の2回発行した。「ひとつの力」キャンペーンと連動して、会員のキャンペーンの流れへの理解を促すような内容に心がけた。前者には、日韓ツイン・ブックレット「東北アジア非核地帯」とジャバラ型リーフレット「なくなるのはいつ?」を同封し、後者にはトヨタ・プロジェクトのダイジェスト版報告書「<脱軍備>で平和と安全を」を同封した。英語版ニューズレターの発行は出来なかった。

 

(6)ボランティア、インターンなどの参加拡大

学生インターン1名が定期的に来所し、事務や資料整理、イベント準備などで活躍している。月2回の発送作業には、2〜5名のボランティアが常時参加している。また、これまでに引き続き原稿執筆・翻訳・日誌作成などにも多くのボランティアの協力を得ている。セミナー等のイベント開催の際には、随時相当数のボランティアが流動的に参加している。さらに、若手ボランティアグループの中からは、主体的にピースデポの事業を支援する活動を担っていきたいという動きが見られるようになった。

前述の「スキルバンク」を通じて、新しい層のボランティアとの関係が築かれつつある。今後、こうした人的ネットワークをいかに活用していくかが事務局の課題である。

 

(6)企業・個人寄付金、独創的企画による助成金の開拓

 前年度に引き続き、庭野平和財団から助成金(100万円)が得られた。テーマは「東北アジア非核地帯構想などの日韓市民への普及活動」である。庭野平和財団に感謝したい。

新規の創造的な企画を提案し、寄付金や助成金を得るための努力を強化することは、ピースデポの最重要課題の一つとしてあげられている。しかし、2005年、そのような取り組みに、スタッフや理事有志が着手することはできなかった。引き続いてピースデポの重要な課題である。

                               

 ――以上。