■ 設立の経過 1984年のトマホーク太平洋配備に対し、太平洋の反核運動が国際的なネットワークを作り、その中で日本の運動も国際的なつながりを強めてきた。 1987年に始まったグリンピースによる「核のない海運動」の中で、若い研究者らが、米国の情報公開制度を駆使して、海洋配備の核兵器について極めて精密な調査活動を行った。同様の調査活動は日本でも必要であった。すなわち、日本への核の持ち込みをめぐって、常に「核疑惑」が言われていたが、個々のケースについての「疑惑の程度」が分からない。そこで、いわば「灰色の中に黒白の段階を付ける」作業が必要になっていた。 そういう海外の活動のインパクトを受けて、1990年12月、当時の反トマホークの運動の中で、日本でも調査主体の市民運動を作ろうという議論が出て、準備会がスタートした。 このとき、二つの新しい理念があった。 一つめは、系統的な情報・調査活動によって、平和運動の基礎を作ろうということ。 二つめは、それに専念する専従スタッフを含めた体制を、市民の資金で作るということ。つまり、市民の平和への願望が市民の資金となり、その資金が平和運動の基礎になるという考え方である。 この頃から、呉の弾薬庫の調査結果発表(1990年)など、米国の情報公開制度を活用した在日米軍の情報の入手が成果を上げてきた。 次の転機は、1995年のフランスによる核実験への反対運動の高まりであった。この機をとらえ、準備活動や海外とのネットワークから得られる情報を基に、同年7月から情報誌『核兵器・核実験モニター』の発行を始めた。すると、これまで接点のなかった多くの人々が購読して下さり、社会的ニーズが高いことがわかった。 『モニター』の成功が経済的基盤ともなり、正式発足のきっかけとなった。1996年9月に準備委員会を再構成し、具体的な準備に入った。様々な団体の参加や新しい人たちとの出会いの中で、発足にこぎつけた。多くの自治体からも祝福をいただき、心強く思っている。
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