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梅林宏道(うめばやし・ひろみち)



 1937年9月1日、兵庫県洲本市生まれ。現在、NPO法人ピースデポ(平和資料協同組合)特別顧問。中堅国家構想(MPI)国際運営委員。核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)東アジアコーディネーター。核軍縮問題とアジア太平洋地域安全保障問題を扱う隔週刊の情報誌『核兵器・核実験モニター』編集責任者。イアブック『核軍縮・平和』監修者。また、情報公開のための「さい塾」を主宰。

 磁性物理学を専攻し、東京大学数物系大学院博士課程修了。工学博士。ブルックヘブン米国立研究所(ニューヨーク州)、東北金属工業株式会社中央研究所、東京都立工科短期大学助教授を経て、1980年よりフリーに。以後、さまざまな平和、軍縮、民主化、人権問題に取り組む。

 1969年、「人間としての科学技術者」を問う同人誌「ぷろじぇ」を創刊、科学技術者の社会的関与に関して発言を始める。1972年、自宅のすぐ前にあった米陸軍相模補給廠からベトナム戦場への戦車搬送に抗議して、「ただの市民が戦車を止める会」を友人らと結成、毎日デモ、数千人の市民の座り込み、2年間に及ぶ徹夜の基地監視活動などに中心となって取り組む。1976年3月、横浜市の在日本大韓民国居留民団の不法占拠事件をきっかけに、日韓連帯神奈川民衆会議の結成に参加し、韓国民主化運動支援、金大中氏ら救出運動にかかわる。また、ベトナム、フィリピン、タイなど東南アジアの民衆運動との交流、連帯活動に精力的に関与する。1983年、ヨーロッパの反核運動の高揚のなかで、核巡航ミサイル・トマホークの配備に反対する日本の市民運動のネットワーク「トマホークの配備を許すな!全国運動」の結成に参加、代表として運動に積極的な役割を果たした。1985年、ハワイのAFSC(アメリカ・フレンド・サービス・コミッティー)のネルソン・フォスター氏らと共同で、アジア太平洋8カ国の反核平和運動ネットワークであるPCDS(太平洋軍備撤廃運動)を設立。1990年にPCDS国際事務所が横浜に移ったことを契機に、その国際コーディネーターに就任した。また、国際運動のなかで核兵器や軍縮問題についての調査活動を開始し、調査・研究・立案・教育活動を行う「市民の手による平和のためのシンクタンク」の必要性を痛感した。その結果、1990年、平和資料協同組合(後の「ピースデポ」)の設立を構想し準備委員会を結成、委員長となる。ピースデポは1998年に正式発足。その間、米情報公開法を駆使して、日本で初めて在日米軍の実態を明らかにした。1995年、「アボリション2000」の誕生とともに『核兵器・核実験モニター』(月2回発行)を発行し、国際的な核兵器廃絶運動と日本の運動の橋渡しに努めた。1996年以降、「東北アジア非核兵器地帯」構想の普及に力を注ぎ、2004年にはモデル条約案を起草。2002年〜2005年、「核軍縮:日本の成績表」評価委員会の委員長を務め、毎年成績表と評価理由書を作成し公表。2007年11月、ピースデポは韓国江原道DMZ(非武装地帯)平和賞特別賞を受賞した。2008年、ピースデポ10周年を期に代表理事を辞し特別顧問に就任。その後、情報公開を基礎とした「さい塾」を起こした。

 著訳書に「米軍再編−−その狙いとは」(岩波ブックレット)」、「在日米軍」(岩波新書)、「情報公開法でとらえた在日米軍」(93年・日本ジャーナリスト会議賞受賞)、「情報公開法でとらえた沖縄の米軍」、「戦争と平和の事典(共著)」、「核兵器廃絶への新しい道−−中堅国家構想(訳書)」、「検証・核抑止論−−現代の裸の王様(共訳)」、「21世紀の核軍縮(共同執筆)」(広島平和研究所編、法律文化社)、「ミサイル防衛−−大いなる幻想(執筆と翻訳)」(以上、高文研)、「抵抗の科学技術」、「ウラルの核惨事」(以上、技術と人間)、「隠された核事故」(創史社)、「空母ミッドウェーと日本」、「アジア米軍と新ガイドライン」(以上、岩波ブックレット)など。




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