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核兵器禁止条約が動きはじめる 日本は「核の傘」から出て、締約を!「北東アジア非核兵器地帯」を道しるべに

公開日:2018.05.30

7月7日、核兵器禁止条約が採択され、9月20日には署名のために開放される。だが、それが「核兵器のない世界」を約束するものではないこともまた現実だ。日本と日本の市民はこの現実を克服するために何ができるだろうか。その鍵は日本が自ら米国の核の傘から離脱する道を見定め、歩き始めることにある。困難であろうが私たちは歩き始めなければならない。「北東アジア非核兵器地帯」の設立は、そのための道しるべだ。

採択された条約の全訳を2~5ページの資料1に示す。また、採択における各国の投票行動は資料2(6ページ)のとおりであった(投票しなかった国も併せて示した)。賛成は122、反対は1(オランダ)、棄権は1(シンガポール)。投票しなかった国には、交渉不参加の核保有国、それらと軍事同盟を結んでいる国々(NATO、CSTO1、ANZUS2、日米安保、米韓相互防衛・各条約)などが含まれる。ただし、CSTO加盟国であってもカザフスタンは賛成した。また米国との安全保障上の関係が深いフィリピン、マーシャル諸島、パラオは賛成票を投じた。条約は9月20日に署名開放される。賛成票を投じた国がすべて署名・批准すれば、国連加盟国の6割強が締約する条約が誕生することになる。

核保有国の共同声明

米、英、仏の常駐代表は7月7日、条約を批判する共同声明を発した(6ページ資料3)。声明の内容は核保有国が一貫して「禁止条約」を批判してきたものと同じであるが、今回は次の一節が導入された。「核兵器に関する我々の国の法的義務に変更は生じない。例えば、我々は、この条約が慣習国際法を反映している、あるいはその発展にいかなる形であれ寄与する、という主張を受け入れることはない」と述べた。これは、核兵器が国際慣習法の命じるところによって禁止されたという考え方に対する「拒絶」であると理解できる。

日本「禁止条約」参加の条件

日本は米国と歩調を合わせて条約交渉に参加しなかった。不参加理由も、上記3か国共同声明と軌を一にするものであった。一方、交渉過程においては、各国の代表団から「ヒバクシャ」という言葉が、シンパシーと敬意をもってしばしば発せられ、前文に2度も登場した。その経過と意義を考慮すれば、日本が、米、英、仏のように同条約が「慣習国際法を反映している、あるいはその発展にいかなる形であれ寄与する」ことを拒否する立場にたつことは決して許されない。日本は今こそ、核兵器政策の見直しを行い、とりわけ米国の核の傘から離脱するプロセスを追求して、最終的には禁止条約に署名・批准する道を歩み始めるべきである。日本の核抑止依存を示す文書の一つである、「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」3は次のように述べる。「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していく(略)」

米国によれば核抑止力とは次のようなものだ。「合衆国、同盟国並びにパートナーを攻撃することの代償として受ける結果が、攻撃することによって得られる利益を著しく上回るであろうことを潜在的敵国に確信させうる、信頼性ある核抑止力を維持するであろう。」(13年6月9日・合衆国の核使用戦略に関する報告)核兵器禁止条約に照らせば、核抑止力とは条約で禁止された「核使用の威嚇」(第1条d)によって裏づけられるものであり「禁止条約」に反することは明白である。したがって、「禁止条約」が発効するに及んでもなお、「核の傘依存政策」をつづけることは、「禁止条約」が依拠する、核兵器の非人道性を否定するものであり、「唯一の戦争被爆国」としての歴史的責務に対する背信だ。「核の傘からの離脱」は、日本が一方的に決められるものではない。米国との協議はもちろん、国際的、国内的議論をとおして相互に脅威を削減して、北東アジア地域の安全保障環境を「核抑止力を必要としない」ものへと変えてゆく外交的努力が求められる。「北東アジア非核兵器地帯」の設立は最も重要な里程標になるだろう。北朝鮮の核とミサイルの脅威が高まりつつある今(7ページ[図説])こそ、同地帯設立を見据えた交渉を開始するべきだ。(田巻一彦)

 

1  集団安全保障条約機構(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタン)。92年署名、加盟国は17年現在。
2 米国、オーストラリア、ニュージーランドにより1951年に署名、翌年発効。
3 2013(平成25)年12月17日、国家安全保障会議決定/閣議決定。

 

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