核兵器・核実験モニター バックナンバー

【日誌】 核・ミサイル/沖縄(17年3月21日~4月5日)

公開日:2017.07.13

ACSA=物品役務相互提供協定/DPRK=朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)/ EEZ=排他的経済水域/FT=フィナンシャルタイムズ/IS=「イスラム国」/ITER=国際熱核融合実験炉/IUCN=国際自然保護連合/MRBM=準中距離弾道ミサイル/NSC=国家安全保障会議

●3月21日 政府、「テロ等準備罪」新設法案を閣議決定。
●3月21日 フォード米NSC上級部長、オバマ政権が掲げた核兵器なき世界の目標が現実的か否か検討すると述べる。
●3月22日 田上長崎市長、21日の米NSC上級部長発言に、核保有国の責任を果たすよう求める。
●3月22日 DPRK、東部からムスダンとみられる中距離弾道ミサイル1発を発射するが、数秒後に空中で爆発し、失敗。
●3月23日 衆院本会議、安保関連法に基づく日米、日豪、日英ACSAの改定承認を可決。
●3月24日 米国務省、イラン弾道ミサイル開発に関わった中国、DPRK、UAEの計11個人・団体を取引禁止の制裁対象に。
●3月27日 国連本部(ニューヨーク)で初の核兵器禁止条約交渉会議が始まる。日本は不参加と演説。(今号参照)
●3月27日 フランシスコ法王、核兵器禁止条約交渉会議に「核抑止力を乗り越える必要がある」とのメッセージを送る。
●3月28日 政府、4月13日が期限のDPRKへの日本の独自制裁を2年間延長する方針を固める。
●3月28日 大阪高裁、関電高浜原発3,4号機停止の仮処分を取り消し。
●3月30日 自民党の弾道ミサイル防衛に関する検討チーム、敵基地反撃能力保有の検討開始を政府に提言。
●3月30日 広島地裁、伊方原発3号機の運転差止め申立てを却下。
●3月31日 福島第一原発事故に伴う避難指示が福島県の3町村で解除。約3万2千人が対象。
●3月31日 米下院外交委員会、DPRKをテロ支援国家に再指定する法案を可決。
●3月31日 米財務省、国外で金融取引に携わるDPRK籍の11人を制裁対象に。
●4月2日付 文科省有識者委員会、ITER建設の遅れは最小限に留まっているという報告書をまとめる。
●4月2日付 トランプ米大統領、英FTとのインタビューで北朝鮮問題を中国が解決しないなら米国が単独で解決すると述べる。
●4月3日 核兵器廃絶地球市民長崎集会実行委員会、首相と外相に6月に行われる2回目の核兵器禁止条約交渉に参加を求める要請書を発表。
●4月3日 ロシアのサンクトペテルブルグで走行中の地下鉄内で爆発、14名が死亡。
●4月5日 DPRK、新浦から弾道ミサイル1発を発射。日本EEZ外の日本海に落下。
●4月5日 長崎原爆資料館でクリティカル・イシューズ・フォーラム開催。日米ロの高校生が核兵器のない世界について討議。

沖縄

●3月21日 宮古島市議会、石嶺市議へ辞職勧告。市議が自身のフェイスブックに陸自配備で「絶対に婦女暴行事件が起こる」と投稿した件を受けて。本人は勧告を拒否。
●3月21日 嘉手納基地の悪臭問題、町が初の通年調査。発生源は滑走路南側・旧海軍駐機場と推定。北大・松井教授が結果報告。
●3月22日 宜野座村議会、米軍ヘリのタイヤ落下事故受け、抗議決議・意見書を全会一致で可決。着陸帯の即時撤去などを要求。
●3月23日付 東村、16年4月~17年3月の米軍機騒音苦情件数114件に。昨年度の2倍。高江区からの苦情多数。
●3月24日付 国内の環境保護団体、IUCNへ世界自然遺産登録調査時に辺野古視察を求める要望書提出。
●3月25日付 自民県連、辺野古移設を「容認」。普天間早期返還実現へ向け、政策変更。政府方針に沿った立場に。
●3月25日 翁長知事、辺野古移設反対集会に参加。辺野古埋め立て承認に関し、「撤回を必ずやる」と初めて明言。
●3月25日 在沖海兵隊、大学生限定の海兵隊体験ツアー実施。沖国大・琉大の学生らがオスプレイに乗り、米強襲揚陸艦を見学。
●3月27日付 政府、翁長知事が辺野古埋め立て承認を「撤回」した場合には、知事個人に損害賠償請求を検討と判明。
●3月28日 辺野古新基地建設で県、沖縄防衛局へコンクリートブロック投下の一時中断を指示。岩礁破砕許可に基づく行政指導。
●3月29日 菅官房長官、辺野古新基地手続きに「瑕疵はない」とし、工事続行を明示。
●3月30日 外務省・川田沖縄大使、辺野古移設は「県民のため」と発言。普天間5年以内停止要請の県議団に対して。
●3月31日 辺野古新基地建設で沖縄防衛局、大浦湾にコンクリートブロック228個の投下完了。岩礁破砕許可最終日。
●4月1日付 元金武町長・元県議の吉田氏が県政策調整監に就任。辺野古新基地建設阻止・オスプレイ撤退など建白書の実現目指す。
●4月1日 県、3月末での岩礁破砕許可期限切れを受け、漁業取締船「はやて」を出艇させ辺野古新基地建設作業を監視。
●4月2日付 米、普天間飛行場返還合意前の92年に内部文書で「代替施設の検討」に言及。MV22オスプレイ配備予定地も図示。
●4月3日 沖縄防衛局、岩礁破砕許可期限切れ後初の海上作業を実施。県、漁業取締船による現場監視続ける。
●4月5日 県、国に対し行政指導。辺野古新基地建設で岩礁破砕許可期限切れ後にもボーリング作業を継続。許可再申請を要求。
●4月5日 県議会米軍特別委が防衛省、外務省と面談。普天間5年内運用停止・嘉手納防音工事区域見直しに関する意見書を提出。

くわしく

【連載】いま語る― 71 難民の女性が平和構築のカギを握る 根本 かおるさん(国際連合広報センター所長)

公開日:2017.07.13

 小学生の4年間をドイツで過ごし、皮膚の色の違いで異なる扱いを受け、子どもながらにマイノリティや外国人の権利というものを考えました。職業人になってからもそこへの関心は消えていません。テレビ朝日で初の政治担当女性記者になったところ、この分野の女性は少なくマイノリティでした。ジャーナリストとして生きていくための専門性をつけるために2年間休職してアメリカの国際関係論の大学院に留学しました。そこで国連職員に講師として出会い、国連を身近に感じました。
 当時90年代には旧ユーゴ崩壊、94年にはルワンダ大虐殺があり、そこから避難した難民・国内避難民を現場で支援していたのが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でした。その頃UNHCRのトップを務めておられた緒方貞子さんへのあこがれもあり、大学院の夏休みに4か月間UNHCRネパール事務所でインターンとして勤務しました。そこで出会ったブータンから逃れてきた難民たちは自分たちのことを自分たちで考え、決定していく気概にあふれたパワフルな人たちでした。女の子は家の仕事のために学校へ行かせないという文化が根強い中で、女の子が学校へ行く習慣づけをするにはまずお母さんの意識改革が必要だと考えられました。そこで教育のある難民女性が難民のお母さんたちに人権講座、女性の能力強化に関するワークショップを開いていました。難民というと援助を待っている弱い立場の人々と考えがちな固定観念を彼女たちは打ち崩してくれました。その後転職しUNHCRで15年間、うち7年間を難民支援の現場で勤務しました。
 冷戦終結からしばらく経ち、これまでは国家間の戦争が中心だったのが、他国が口出ししにくい内戦が中心となってきました。難民・避難民は戦争や人権侵害で故郷を追われます。これは平和と対極にある究極の形です。自立して生きていくためのネットワークやコミュニティを全て失っている。15年末の数字で世界に約6,500万人の難民・避難民がいます。世界の約100人に一人は難民か避難民。これは第二次世界大戦以降最悪の数字です。昨年も難民・避難民の帰還はほとんど起こっておらず、数は増えています 。
 私は、紛争は起こる前に食い止めなければならないと思います。新しい国連事務総長となったアントニオ・グテーレスさんは過去に国連難民高等弁務官を務めていました。その彼は平和のための外交 (diplomacy for peace)、紛争予防(conflict prevention)を最重要課題にあげています。いったん紛争が起こると止めることができず、膨大な人命・経済的損失が発生し、人道支援の莫大なコストがかかります。紛争に至る前に、うまくいっていないことをモニタリングで感じ取り、おかしい方向に行っていたら警告を出し、お互いの言い分を聞きながら橋渡しして調停する、こうした仕事を彼は国連の組織改革を行って進めようとしています。
 昨年3月、国連広報センター所長として南スーダンを訪問し、国連南スーダン派遣団(UNMISS)、国連児童基金(UNICEF)、国際移住機関(IOM)、国連世界食糧計画(WFP)などの活動を視察し、日本語で日本の方々に発信しました。南スーダンは数十年間の内戦の末に独立しましたが、たった2年で紛争に戻ってしまった。そのためほとんどの大人が、経験したことのない平和な時代というものをイメージできません。毎日為替レートが変わる通貨安の中、食料を輸入に頼っているために、経済的困窮が人々を苦しめていることが短い滞在の中で感じられました。産業がなく、石油を産出するもののそこから利益を得る者とそうでない者との間に格差が存在し、民兵には給料が支払われないため略奪が暗黙のうちに認められている。どこから手を付けたらいいのかわからないような状況でした。
 そんな中、しわ寄せを受けているのが女性と女の子です。国民全体の識字率が27%のところ、女性の識字率は16%。教育によって得られる能力に「概念化」(conceptualize)がありますが、教育を受けていないと相手にも権利・自由があり、お互いに敬わなければならないという概念すらわからない。教育が行きとどいておらず、暴力で物事を解決する社会になっている。女性は下に見られ、虐げられ、暴力の対象になっています。男性は難民キャンプの喫茶店でお茶を飲んでいる一方、農作業や家事の仕事は全部女性が行っています。女性と女の子が教育を受け、尊厳を守られ、子どもの将来を願いながら政治の場、和平交渉の場、地域運営の場に入り戦争の愚かさについて声をあげることが平和な社会への一歩なのではないかと思います。(談。まとめ:山口大輔)

ねもと・かおる
テレビ朝日を経て、1996年から2011年末までUNHCRの職員としてアジア、アフリカなどでは難民支援活動に従事し、ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。フリー・ジャーナリストを経て13年8月より現職。

くわしく

ピースデポ第18回総会記念講演会・抄録(2) いかなる「禁止条約」を構想するか ―「核軍縮枠組み条約」と北東アジアの非核化  田巻 一彦(ピースデポ代表)

公開日:2017.07.13

 国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/RES/71/258、16年12月23日)1は、「核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉するための会議を2017年に開く」ことを定めています。会議は3月末にニューヨークの国連本部で始まります2(編集部注:第1会期の模様は本誌トップ記事を参照)。
 画期的な素晴らしい決議ですが、決議は交渉する条約案の内容に詳細には踏み込んでいません。すべては今後の協議に委ねられています。
 他方、核兵器の全面的廃棄は核保有国やその同盟国を含むすべての国が関与しなければ実現できません。多数の有志国によって全面的禁止のみを規定する条約を交渉、制定すれば、核兵器に悪の烙印が押され、一層使いにくいものとなり、保有国による核兵器削減を促すという考え方がある。実際そのように考えて、比較的簡単な「禁止条約」を追求しようと有志国やNGOの多くが主張しています。
 一方、核保有国や日本のような拡大核抑止力に依存する国(以下「非保有依存国」)、とりわけ後者の姿勢に流動化を促して交渉への参画につなげ、支持・加盟を段階的に拡大しうるような条約を探求するアプローチが考えられます。ピースデポはこのような考えにたって「いかなる禁止条約を構想するのか」を検討してきました。
 つまり、有志国家による核兵器禁止の早期達成の目的を満たしつつ、非保有依存国も交渉に引き込んで大きな枠組みに合流させ、禁止に段階的に参加することを可能にするような条約を追求することができないだろうか、できるに違いない、と考えた。 
 そこでまず私たちは、条約にどのような要素がどのような組み立てで盛り込まれるべきかを考えました。

「禁止条約」に含まれるべき要素

 総会決議は、核兵器による「壊滅的な人道上の結末」への懸念が禁止条約の交渉、締結の原動力であることを明らかにしています。そのような前提にたって、私たちは決議や関係する国連の合意文書などをつぶさに読み直しました。その結果、「禁止条約」が備えるべき要素や特徴を、次のように考えました。
1. 核兵器を全面的に禁止するものであること
 条約に含まれるもっとも重要で中核的な要素が「核兵器の全面的禁止」であることはいうまでもありません。
2. 核兵器の完全廃棄をめざすことを法的に誓約するものであること
 条約は核不拡散条約(NPT)に関連して従来から繰り返されてきた政治的な諸誓約を、法的誓約にするものであることが求められます。
3.現存する核兵器に関する透明性措置やリスク低減措置を追求するものであること
 条約は、現に存在する核兵器に関する透明性措置や核兵器が現に存在していることによる核爆発リスク(偶発的、人為的を問わず)の低減措置を追求するものであるべきです。
4.廃棄と検証は必ずしも含まれなくてもよい
 核兵器の「破壊」ないし「廃棄」、「検証」関する規定は条約に必ずしも含まれなくてよい。しかし最終目標が「完全廃棄」であり、「条約」がそこ「に導く」ものである以上、条約は完全廃棄を誓約する内容を含むべきです。
5.すべての国の「条約」への段階的参加を可能にする仕組みを備えること
 決議採択に際しての国連総会での討議内容やこれまでの核保有国、非保有依存国の態度をみると、それらの国が禁止条約に最初から参加することはできないだろう。この問題をどうするのか。なんらかの仕組みを工夫する必要があります。

 
「枠組み条約」モデルの提案

 ここで、国連総会決議の「核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く」という言葉にもう一度戻りましょう。もう一段解きほぐせば、こういうことになります。
 私たちが目指すのは、「核兵器の全面的廃棄」です。「核兵器禁止」はその目標に到達するための「足がかり」、「中間的措置」ということができます。
 そのように考えたときに、必要とされるのはまず「禁止」を確保しつつ、完全廃棄の法的誓約、透明性・リスク低減措置など前項で述べた諸要素をも含み、選択的、段階的な締結を可能にするような条約だといえるでしょう。中間措置である「禁止」は、あるいは有志国だけで合意しても意味を持つでしょう。これに対して「完全廃棄」は、核兵器保有国の参画なしには実現できません。
 このようなニーズにこたえる条約の形態として、私たちが考えたのが「枠組み条約」です。
 「気候変動枠組み条約」(92年採択)という条約があります。この「枠組み条約」のもとに国別の温室効果ガス排出上限を決めた京都議定書(97年)などが作られています。軍縮分野では「特定通常兵器使用禁止制限条約」(80年)も「枠組み条約」の形態をとっています。
 これら条約は、大きな合意の枠組みを「基本合意」によって定め、「基本合意」の締結当初は合意がとれなかったりするような、個別の、より具体的な目標や目標達成方法を、議定書などで補っているのが特徴です。
 核兵器廃絶という課題が直面しているのも似たような状況です。「核兵器のない世界を実現し維持する」という究極的な目標には総論的合意があります。しかし、個別の目標や方法、時間枠などの各論=中間措置で国家間に大きな隔たりがある。それが世界を身動きできなくしている、といえないか。
 そこで私たちは、「基本合意」を定める「枠組み条約」(「核軍縮枠組み条約」と呼ぶことにします)本体と、付属する複数の「議定書」とからなる法的文書の骨子を考案しました。

「核軍縮枠組み条約」骨子案

1.「枠組み条約」本体
 これに合意した国が枠組み条約「締約国」になります。ここには次のような事項が含まれるでしょう。
(1)目的
 「枠組み条約」の「目的」は、たとえば次のようなものになるでしょう:
◎核戦争により全人類の上にもたらされる惨害と核戦争の危険を回避するために、国家の兵器庫から核兵器を廃棄し、核兵器のない世界を実現することを目的とする。

(2)法的義務
 締約国は以下のような法的義務を受け入れます。※核兵器ない世界を実現、維持する上で必要な枠組みを確立すべく、特別な努力を払う。※厳格かつ効果的な国際管理の下においてすべての側面での核軍縮に導くための条約の交渉を誠実に行い、かつ完結させる、などの義務です。これらの義務は、過去に国際司法裁判所(ICJ)から全会一致で勧告され、あるいは核軍縮・不拡散交渉の中ですでにくりかえし合意されています。だから、核保有国も、その同盟国である非保有依存国も、拒否することができないはずです。

2.議定書
 「枠組み条約」本体に同意した締約国は、次に掲げるような議定書に選択的、段階的に加盟することができます。
A. 核兵器の全面的禁止に関する議定書
 核兵器の保有、開発、製造、実験、入手、備蓄、移動、配備、使用および使用の威嚇、ならびにこれらへの援助、出資、奨励もしくは勧誘を禁止する。
 なお、「使用および使用の威嚇」に関しては、核爆発による壊滅的な人道上の結末をもたらす行為そのものであり、かつ使用側の意図が歴然と存在することから、使用に至らない「保有」や「備蓄」との間に区別すべき重要な違いが認められます。96年のICJ勧告的意見が基本的に「核兵器による威嚇またはその使用」を論じたのもそのような区別が存在するからです。そこで「使用および使用の威嚇」を禁止する議定書を独立させることも考えられます。
B. 積極的義務に関する議定書
 核被害者・被爆者の権利の確保、破壊された環境の回復、条約への支持・協力、国民への教育・啓発などの義務を定める。
C. 核兵器の透明性措置に関する議定書
 核兵器の完全廃棄に不可欠な透明性を前進させるための議定書。例えば、核保有国に保有核兵器及び運搬手段の種類、配備・非配備の別、もしくは警戒態勢等に関する情報を標準的な様式で公開することを義務付ける議定書が考えられます。
D.核兵器の役割及びリスクの低減措置に関する議定書
 過誤によるものや偶発的使用を含めた核兵器使用の可能性を低下させるために、あらゆる軍事及び安全保障上の概念、ドクトリン、政策における核兵器の役割と重要性をいっそう低減させることを約束する議定書。低減措置には核兵器使用に関する協議、戦略核兵器の警告即発射態勢、高度警戒態勢の解除等の一方的措置や複数の核保有国間の措置、非保有依存国を含む拡大核抑止体制における合意などが含まれるでしょう。
 さらに、役割及びリスク低減措置の文脈で、先行不使用議定書を独立に設定することも検討に値します。いくつかの核保有国は参加できるはずです。
 また、役割及びリスク低減措置を監視・前進させる低減委員会の設置も考えられます。
E. 包括的核兵器禁止条約(CNWC)の準備に関する議定書
 「枠組み条約」本体と同時に制定することが可能であれば、検証を伴う核兵器の全面的廃棄を目的とするCNWCの準備プロセスに関する議定書についても、検討に値します。
 以上の組み立てを図にすれば次のようになります。

 
採択・発効プロセスの柔軟性

 私たちの提案する「枠組み条約」本体の締約国は、上記のいずれの議定書にも、いつでも加盟することができ、議定書は一定の条件が達成されれば発効します。
 たとえば、核兵器禁止を推進してきた有志非保有国は、当初からすべての議定書に加盟することができるでしょう。一方、非保有依存国は、当初は「枠組み条約」本体のみの加盟に留まりますが、やがて議定書B、C、Dのいずれかに加盟し、さらに徐々に議定書Aにも加盟する国が現れることが期待されます。核保有国も「枠組み条約」本体には同意できるはずであり、さらには議定書B、C、D(とりわけ「先行不使用議定書」)への加盟へと展開してゆくことができます。核保有国については、短中期的な現実性は薄いように思えます。しかし、「非保有依存国」であれば現実性を持ちうると思います。あとで日本を例にとって考えてみましょう。
 「枠組み条約」本体と「議定書」への加盟、発効プロセスは、1国的、2国間的、多国間的核軍縮交渉、あるいは新たな非核兵器地帯の創設とそのための交渉等といった地域的努力と同時並行的に進められたときに、活性化されるでしょう。

日本は「現状」から出発できる

 「枠組み条約」本体は日本の従来の主張を考慮すればすぐにでも締約できる内容です。その上で、たとえば日本が取り組んできた、被爆者援護や軍縮教育・啓発活動は議定書Bへの加盟によって新たな国際的展開の場を得るでしょう。また、NPT(核不拡散条約)の下でNPDI3を通じて取り組んできた透明性向上のための「標準様式の作成」などの活動は、議定書Cの制定に積極的に関与することによって加速されるでしょう。
 このように、日本がとっている現在の核軍縮・不拡散政策をそのまま出発点としながら、被爆国としての世界的な役割を強めてゆくために、「核軍縮枠組み条約」のアプローチは有用であると考えられます。私たち市民も、核兵器廃絶への展望をもって「枠組み条約」を持続的に活用して、日本政府に要求、提案してゆくことができます。
 日本政府は、国連総会決議に「反対」票を投じました。これは戦争被爆国である日本の歴史を顧みない許し難い行為であり、最大限批判をしなければなりません。同時に、日本政府には具体的行動として、「禁止条約交渉」に合流し、被爆者や市民、国際社会の期待に応えてほしいと思うのです。 
 ですから、私たちはこの「枠組み条約案」を示しながら、日本政府に禁止条約交渉に参加することをうながしています。(注:結果的に日本政府は3月27日、交渉には参加しない、という立場を表明しました。)

「枠組み条約」と北東アジア非核兵器地帯

 議定書AとDへの加盟の検討は、日本政府にとって米国の核の傘依存から脱却する道を検討することと密接に関係します。この文脈から、ピースデポも主張してきた北東アジア非核兵器地帯構想と「禁止条約」の関係を考えましょう。
 非核兵器地帯の中核的要素は、「核兵器の地域的禁止」です。さらに現実に引きつけていえば、「北朝鮮の非核化」を実現することです。「核兵器禁止条約」がなければ、これは北朝鮮に一方的に核計画の放棄を迫るというものになってしまいます。これに対して「核兵器禁止条約」があれば、北朝鮮の非核化の要求が、「世界的な核兵器の禁止」、つまり「核兵器はどこにあってもいけない」という規範と一体のものであるという明確なメッセージを、北朝鮮や関係国に伝えることができます。
 現に北朝鮮は、「世界が非核化されれば核兵器を放棄する」という意味のことを繰り返し述べています。
 前半の講演(本誌前号参照)で、石坂浩一さんは、米朝対話を再構成すること、日本政府もそこに前向きな関与をすることから始めて、朝鮮半島に平和への枠組みを定着させることで「核兵器の凍結から削減、廃棄への道筋が見えてくる」とのロードマップを提案しています。私もこの提案に賛成です。この提案を実現するためには、「地域的禁止」と「世界的禁止」を共鳴させるような原理と仕組み、これらが一つのパッケージを形成するような時間軸を伴うプロセスが必要になります。このパッケージに「核軍縮枠組み条約」あるいはそのための交渉プロセスを含ませることができれば、平和定着の基盤はより確かなものになり北朝鮮や韓国との交渉をより実り多いものにするでしょう。
 ポイントは石坂さんのいう「平和枠組みの定着」プロセスが、「まず北朝鮮の非核化を求める」のではなくて、北朝鮮の現状を出発点に「凍結、削減、廃棄」という道筋が考えられていることだと思います。「枠組み条約」も、現在の状況を出発点にできるという柔軟性があることは、先に述べたとおりです。つまり交渉開始時には、北朝鮮は「非核」でなくてもよい。その意味で二つのプロセスは互いにシンクロさせやすい関係にあります。
 このように「枠組み条約」というプラットフォームは、地域的な国際協調を通して、核兵器の全面的廃絶、つまり地域的・世界的禁止に向けた段階的プロセスに非常に有用だと思われます。
 そのようなプロセスが、ひいては日本と地域のすべての国にとっての安全保障を確かなものにし、「核兵器のない世界」の一部としての「核兵器のない北東アジア」を作り出すことにつながるのではないでしょうか。
(まとめ:編集部)
 
[付記]
 ピースデポは以上の条約骨子案を「提言書」としてまとめ、禁止条約交渉決議を主導した国々、日本、NPDI諸国や関係国、NGOに送付するとともに、国連「禁止交渉会議」に「作業文書」の形で提出しました(文書番号:A/CONF.229/2017/NGO/WP.7)。会議の第1会期(~3月31日)の議論は比較的簡単な「禁止先行型条約」を軸に進み、「枠組み条約」が交渉の机上に載せられることはありませんでした。しかし本提案の考え方には今後の様々な課題を考えるときの手がかりが豊富に含まれていると考えています(田巻)。


1 決議全訳は本誌508号(16年11月15日)。第1委員会採択時のものだが変更されていない。
2 第1会期:3月27日~31日、第2会期:6月15日~7月7日。
3 不拡散・軍縮イニシャチブ。参加国は日本、豪州、ドイツ、オランダ、ポーランド、カナダ、メキシコ、チリ、トルコ、UAE、ナイジェリア、フィリピンの12か国。

くわしく

核兵器禁止条約交渉3月会期 浮かび上がる条約の輪郭  「禁止先行」を想定し議論 議長「7月に成案採択を」

公開日:2017.07.13

「核兵器を禁止し完全廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉する国連会議」(以下「交渉会議」)の前半の会期が3月27~31日、ニューヨークの国連本部で開催された。初日に日本政府が議場内、米英仏などが議場外で法的禁止への反対を表明したが、会議は、禁止条約を生み出そうという熱気に終始、包まれていた。具体的な議論が活発に行われ、議長が交渉会議閉幕時の7月7日に条約成案を採択することを明言して会期は終了した。


 会議には115か国超の政府代表が集まり、市民社会と学術機関からは計220人超の会議登録者があった1。ピースデポからは筆者(荒井)が参加した。

日本は条約反対を議場で表明

 会議は3月27日午前10時過ぎ、国連総会議場で開幕した。初日の午前の部のみ、ここが会場となり、以後は交渉会議開催を決議した昨秋の国連総会第1委員会と同じ「会議室4」に移った。
 冒頭、キム・ウォンス国連事務次長(軍縮担当上級代表)らの挨拶、フランシスコ法王のメッセージ紹介、ペーター・マウラー赤十字国際委員会(ICRC)総裁のビデオメッセージ紹介に続き、藤森俊希・日本被団協事務局次長が登壇。1歳4か月当時、広島の爆心から2.3km地点で母親と共に被爆したことを語り、「同じ地獄をどの国の誰にも絶対に再現してはなりません」「条約を成立させ、発効させるためともに力を尽くしましょう」と結んだ2。藤森さんの力強いメッセージは、翌日のサーロー節子さん(カナダ在住、広島で被爆)やスー・コールマン・ヘイゼルダインさん(豪先住民、英核実験で被曝)の発言と共に、会期を通じ、多くの参加者によって立ち返るべき原点として言及された。
 その後、ハイレベル・セグメントに入り、議長国コスタリカ、主導国のオーストリアやメキシコ、各地域グループなどを代表しての各国高官らの演説が続いた。最後まで参加態度を明確にしていなかった日本政府は、高見沢将林・軍縮大使が午前の部の終盤に登壇した。高見沢大使は、核兵器国・非核兵器国の協力の下での実践的具体的な核軍縮措置こそが有用との従来の主張を繰り返した。そして、禁止条約は核兵器削減につながらず、国際社会の分断を強め、北朝鮮の脅威など現実の安全保障上の問題の解決につながらないと批判し、核兵器国の交渉参加も望めない中では「日本はこの会議に建設的かつ誠実に参加することはできない」とした3。この演説への批判は次号で詳細に述べる。日本政府代表団はこの日の午後以降、会場に姿を見せることはなかった。
 一方、交渉会議開幕と同じ時間帯に国連本部の別の場所では、ニッキー・ヘイリー米軍縮大使らが同会議への反対を表明する会見を開いた4。ヘイリー大使は、核兵器のない世界が望ましいが、「悪者」に核兵器を持たせたまま「善良な」自分たちだけが持たないのでは自国民を守れないとし、禁止条約を作ろうとしている国々は「自国民を守ろうとしているのだろうか」と問うた。英仏の国連大使も核兵器禁止反対を表明した。韓国やアルバニアの大使らも同席したとされる。
 先に紹介したオーストリア政府代表は演説の中で、会議に欠席している核保有国や依存国を「大事なパートナー」と呼び、ヘイリー大使らの上記行動を意識して次のように述べた。「私たちの(禁止条約実現の)動きには(……)いくつかの大事なパートナー、特に核兵器国が懸念を持っている。今朝も彼らの言葉を聞いた。ここ国連に来て立場を説明してくれたことに感謝する。会場内で姿を見るほうがよかったが、こうした対話は必要で、彼らの懸念を受け止め、説得する必要がある」。そして、「国々や人々の安全を損ないたいと思っている者など、この会場には誰もいない。それどころか、核兵器を持つ国がなければ、どの国も―どの核兵器国も核の傘の下の国も―より安全になり、どの国の人々も安全になる」5と語った。
 ハイレベル・セグメントは、予定を超過して翌28日の午前の部まで続いた。

条約の姿をめぐり具体的議論が進展

 28日の午後から29日にかけては「一般的意見交換」の議題のもと、条約の「原則と目的、前文の要素」(主題1)、及び「中核的禁止事項:効果的法的措置、法的条項及び規範」(主題2)の各項目に沿って、政府代表と市民社会が発言した。
 当初予定よりも早く発言が終了したことから、30日は議長の提案で急きょ、主題1、主題2のそれぞれについて、前日までの議論を踏まえ、学術機関やNGOのパネリストからの問題提起を受けて自由討議が行われた。参加者が用意した原稿を読み上げるのではなく、その場で双方向的なやりとりを行う会議運営は、国連の会議の形式としては珍しい。ホワイト議長は最終日、この自由討議が非常に実り多かったと評価し、後半の会期でもこうした方式を取り入れたいと述べている。
 最終日の31日は29日までの形式に戻って、「制度的取り決め」(主題3)に関わる意見交換がされた。発効要件、脱退条項、留保、締約国会議、核保有国の加入条件などについて意見が出された。ピースデポはこの項目下で発言し、核保有国や依存国を巻き込む一方法として、核兵器禁止の法的文書を核軍縮枠組み条約の議定書として構成することも考えられると述べた。
 3つの「主題」のいずれにおいても、各政府代表は、条約の内容を具体的に考察、提案する発言を行っており、禁止条約についてより自由な観点から幅広い意見交換がされていた昨年の公開作業部会や国連総会第1委員会の審議時とは議論の性質が明らかに異なっていた。「一般的意見交換」と銘打ってはいたが、事実上、条約交渉が始まっている感があった。3本の項目立てはいわゆる「禁止先行型」条約を想定しており、各国とも基本的にはそれを前提として議論をしていた。国連決議採択から交渉会議開始までの間に水面下でかなりの協議がなされ、参加国がその方向でまとまるに至ったことが窺えた。

交渉会議閉幕時に条約成案を採択へ

 ホワイト議長は31日、会期を閉じるにあたって、5月後半から6月1日までの間に条約素案を提示し、交渉会議が閉幕する7月7日に条約成案を採択したいと明言した。
 2月16日の準備会合の時点では、少なくも表向きは、7月7日採択は可能性として排除されないという程度に過ぎなかったといえる(本誌516号参照)。会期が始まった当初には、スイスやスウェーデンから、もう少し長い期間をかけて条約交渉に取り組むべきことを示唆する意見も出ていた。しかし結局、いわば最短コースで条約交渉を終えることがほぼ確実となった。
 その理由としては、議長自身が30日の記者会見で語ったように、会議で具体的な議論が進展し条約を作り上げることが可能な見通しとなってきたことももちろんあるだろう。ただ、元々、主導国はなるべく7月7日までに条約を作るつもりだったとも聞く。その背景には、トランプ米大統領の政権運営が本格化し国連への締め付けが強まることへの危機感があるとも言われる。また、交渉会議参加国に対し核兵器国の一部から、経済援助などに絡めた形での「切り崩し工作」がなされているとの噂もあるが、交渉を長引かせないことで参加国の「戦線離脱」を防ぐ狙いもあるのかもしれない。
 交渉会議開催を決定した国連総会決議71/258の賛成国113は国連加盟193か国の6割に満たず、第1委員会採択時の賛成国123も3分の2には届かない。いずれの数字も「圧倒的多数」と言うには少し厳しい。そのような中、できるだけ早期に交渉を妥結して多くの署名国獲得につなげ、条約を少しでも盤石なものにしたいとの意向があると推測される。

市民社会の存在感

 核兵器の非人道性を出発点に法的禁止を求めるここ数年来の動きにはICANなどのNGOが大きな役割を果たしており、関連の国連決議でも繰り返し「市民社会の参加と貢献」に言及されている。今回の会議でも政府代表が口々に「この間の市民社会の大きな貢献に感謝する」旨、発言している。
 日本の市民社会も存在感を放っていた。藤森さんらの被爆体験に基づく訴えがあったのは前述の通りだが、このほかに、核兵器廃絶日本NGO連絡会、日本原水協、ピースボート、ピースデポという日本のネットワークないし団体から発言があった。さらにPNND(核軍縮・不拡散議員連盟)の一員として志位和夫・衆院議員(日本共産党委員長)が発言したのを初め日本からの参加者が国際組織を代表して発言する場面もあった。発言者以外にも、長崎の若者たちを含め20人あまりが日本から参加した。日本の報道機関も多くが詰めかけた。
 日本政府が禁止条約に消極的な中、被爆者をはじめとする日本の市民社会が、核兵器禁止条約の実現に向けて重要な主体(アクター)としての役割を果たしてきたのは確かだろう。今回の日本政府代表の不在と、対照的に多数の日本のNGOやメディア関係者の存在を前に、そのことが一層如実に感じられた。
 報道6によると「ヒバクシャ」という日本語由来の文言が条約前文の中に入る方向だという。これも日本の市民社会の貢献によるところが大きいだろう。
 次号では、前述した日本政府演説の詳細のほか、条約の中身につきどのような議論があったかを報告する。(荒井摂子)


1 3月30日エレイン・ホワイト議長(コスタリカ)の記者会見発言。ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の調べでは、期間中、132か国の政府代表が会場に姿を見せたという。
2 www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/seek/img/170327_uttae_Fujimori.pdf
3 www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/nuclear-weapon-ban/statements/27March_Japan.pdf
4 会見の動画:http://webtv.un.org/media/media-stakeouts/watch/
5 www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/nuclear-weapon-ban/statements/27March_Austria.pdf
6 17年4月1日「毎日新聞」(電子版)。

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