ピースデポ第18回総会記念講演会・抄録(2) いかなる「禁止条約」を構想するか ―「核軍縮枠組み条約」と北東アジアの非核化  田巻 一彦(ピースデポ代表)

公開日:2017.07.13

 国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/RES/71/258、16年12月23日)1は、「核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉するための会議を2017年に開く」ことを定めています。会議は3月末にニューヨークの国連本部で始まります2(編集部注:第1会期の模様は本誌トップ記事を参照)。
 画期的な素晴らしい決議ですが、決議は交渉する条約案の内容に詳細には踏み込んでいません。すべては今後の協議に委ねられています。
 他方、核兵器の全面的廃棄は核保有国やその同盟国を含むすべての国が関与しなければ実現できません。多数の有志国によって全面的禁止のみを規定する条約を交渉、制定すれば、核兵器に悪の烙印が押され、一層使いにくいものとなり、保有国による核兵器削減を促すという考え方がある。実際そのように考えて、比較的簡単な「禁止条約」を追求しようと有志国やNGOの多くが主張しています。
 一方、核保有国や日本のような拡大核抑止力に依存する国(以下「非保有依存国」)、とりわけ後者の姿勢に流動化を促して交渉への参画につなげ、支持・加盟を段階的に拡大しうるような条約を探求するアプローチが考えられます。ピースデポはこのような考えにたって「いかなる禁止条約を構想するのか」を検討してきました。
 つまり、有志国家による核兵器禁止の早期達成の目的を満たしつつ、非保有依存国も交渉に引き込んで大きな枠組みに合流させ、禁止に段階的に参加することを可能にするような条約を追求することができないだろうか、できるに違いない、と考えた。 
 そこでまず私たちは、条約にどのような要素がどのような組み立てで盛り込まれるべきかを考えました。

「禁止条約」に含まれるべき要素

 総会決議は、核兵器による「壊滅的な人道上の結末」への懸念が禁止条約の交渉、締結の原動力であることを明らかにしています。そのような前提にたって、私たちは決議や関係する国連の合意文書などをつぶさに読み直しました。その結果、「禁止条約」が備えるべき要素や特徴を、次のように考えました。
1. 核兵器を全面的に禁止するものであること
 条約に含まれるもっとも重要で中核的な要素が「核兵器の全面的禁止」であることはいうまでもありません。
2. 核兵器の完全廃棄をめざすことを法的に誓約するものであること
 条約は核不拡散条約(NPT)に関連して従来から繰り返されてきた政治的な諸誓約を、法的誓約にするものであることが求められます。
3.現存する核兵器に関する透明性措置やリスク低減措置を追求するものであること
 条約は、現に存在する核兵器に関する透明性措置や核兵器が現に存在していることによる核爆発リスク(偶発的、人為的を問わず)の低減措置を追求するものであるべきです。
4.廃棄と検証は必ずしも含まれなくてもよい
 核兵器の「破壊」ないし「廃棄」、「検証」関する規定は条約に必ずしも含まれなくてよい。しかし最終目標が「完全廃棄」であり、「条約」がそこ「に導く」ものである以上、条約は完全廃棄を誓約する内容を含むべきです。
5.すべての国の「条約」への段階的参加を可能にする仕組みを備えること
 決議採択に際しての国連総会での討議内容やこれまでの核保有国、非保有依存国の態度をみると、それらの国が禁止条約に最初から参加することはできないだろう。この問題をどうするのか。なんらかの仕組みを工夫する必要があります。

 
「枠組み条約」モデルの提案

 ここで、国連総会決議の「核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く」という言葉にもう一度戻りましょう。もう一段解きほぐせば、こういうことになります。
 私たちが目指すのは、「核兵器の全面的廃棄」です。「核兵器禁止」はその目標に到達するための「足がかり」、「中間的措置」ということができます。
 そのように考えたときに、必要とされるのはまず「禁止」を確保しつつ、完全廃棄の法的誓約、透明性・リスク低減措置など前項で述べた諸要素をも含み、選択的、段階的な締結を可能にするような条約だといえるでしょう。中間措置である「禁止」は、あるいは有志国だけで合意しても意味を持つでしょう。これに対して「完全廃棄」は、核兵器保有国の参画なしには実現できません。
 このようなニーズにこたえる条約の形態として、私たちが考えたのが「枠組み条約」です。
 「気候変動枠組み条約」(92年採択)という条約があります。この「枠組み条約」のもとに国別の温室効果ガス排出上限を決めた京都議定書(97年)などが作られています。軍縮分野では「特定通常兵器使用禁止制限条約」(80年)も「枠組み条約」の形態をとっています。
 これら条約は、大きな合意の枠組みを「基本合意」によって定め、「基本合意」の締結当初は合意がとれなかったりするような、個別の、より具体的な目標や目標達成方法を、議定書などで補っているのが特徴です。
 核兵器廃絶という課題が直面しているのも似たような状況です。「核兵器のない世界を実現し維持する」という究極的な目標には総論的合意があります。しかし、個別の目標や方法、時間枠などの各論=中間措置で国家間に大きな隔たりがある。それが世界を身動きできなくしている、といえないか。
 そこで私たちは、「基本合意」を定める「枠組み条約」(「核軍縮枠組み条約」と呼ぶことにします)本体と、付属する複数の「議定書」とからなる法的文書の骨子を考案しました。

「核軍縮枠組み条約」骨子案

1.「枠組み条約」本体
 これに合意した国が枠組み条約「締約国」になります。ここには次のような事項が含まれるでしょう。
(1)目的
 「枠組み条約」の「目的」は、たとえば次のようなものになるでしょう:
◎核戦争により全人類の上にもたらされる惨害と核戦争の危険を回避するために、国家の兵器庫から核兵器を廃棄し、核兵器のない世界を実現することを目的とする。

(2)法的義務
 締約国は以下のような法的義務を受け入れます。※核兵器ない世界を実現、維持する上で必要な枠組みを確立すべく、特別な努力を払う。※厳格かつ効果的な国際管理の下においてすべての側面での核軍縮に導くための条約の交渉を誠実に行い、かつ完結させる、などの義務です。これらの義務は、過去に国際司法裁判所(ICJ)から全会一致で勧告され、あるいは核軍縮・不拡散交渉の中ですでにくりかえし合意されています。だから、核保有国も、その同盟国である非保有依存国も、拒否することができないはずです。

2.議定書
 「枠組み条約」本体に同意した締約国は、次に掲げるような議定書に選択的、段階的に加盟することができます。
A. 核兵器の全面的禁止に関する議定書
 核兵器の保有、開発、製造、実験、入手、備蓄、移動、配備、使用および使用の威嚇、ならびにこれらへの援助、出資、奨励もしくは勧誘を禁止する。
 なお、「使用および使用の威嚇」に関しては、核爆発による壊滅的な人道上の結末をもたらす行為そのものであり、かつ使用側の意図が歴然と存在することから、使用に至らない「保有」や「備蓄」との間に区別すべき重要な違いが認められます。96年のICJ勧告的意見が基本的に「核兵器による威嚇またはその使用」を論じたのもそのような区別が存在するからです。そこで「使用および使用の威嚇」を禁止する議定書を独立させることも考えられます。
B. 積極的義務に関する議定書
 核被害者・被爆者の権利の確保、破壊された環境の回復、条約への支持・協力、国民への教育・啓発などの義務を定める。
C. 核兵器の透明性措置に関する議定書
 核兵器の完全廃棄に不可欠な透明性を前進させるための議定書。例えば、核保有国に保有核兵器及び運搬手段の種類、配備・非配備の別、もしくは警戒態勢等に関する情報を標準的な様式で公開することを義務付ける議定書が考えられます。
D.核兵器の役割及びリスクの低減措置に関する議定書
 過誤によるものや偶発的使用を含めた核兵器使用の可能性を低下させるために、あらゆる軍事及び安全保障上の概念、ドクトリン、政策における核兵器の役割と重要性をいっそう低減させることを約束する議定書。低減措置には核兵器使用に関する協議、戦略核兵器の警告即発射態勢、高度警戒態勢の解除等の一方的措置や複数の核保有国間の措置、非保有依存国を含む拡大核抑止体制における合意などが含まれるでしょう。
 さらに、役割及びリスク低減措置の文脈で、先行不使用議定書を独立に設定することも検討に値します。いくつかの核保有国は参加できるはずです。
 また、役割及びリスク低減措置を監視・前進させる低減委員会の設置も考えられます。
E. 包括的核兵器禁止条約(CNWC)の準備に関する議定書
 「枠組み条約」本体と同時に制定することが可能であれば、検証を伴う核兵器の全面的廃棄を目的とするCNWCの準備プロセスに関する議定書についても、検討に値します。
 以上の組み立てを図にすれば次のようになります。

 
採択・発効プロセスの柔軟性

 私たちの提案する「枠組み条約」本体の締約国は、上記のいずれの議定書にも、いつでも加盟することができ、議定書は一定の条件が達成されれば発効します。
 たとえば、核兵器禁止を推進してきた有志非保有国は、当初からすべての議定書に加盟することができるでしょう。一方、非保有依存国は、当初は「枠組み条約」本体のみの加盟に留まりますが、やがて議定書B、C、Dのいずれかに加盟し、さらに徐々に議定書Aにも加盟する国が現れることが期待されます。核保有国も「枠組み条約」本体には同意できるはずであり、さらには議定書B、C、D(とりわけ「先行不使用議定書」)への加盟へと展開してゆくことができます。核保有国については、短中期的な現実性は薄いように思えます。しかし、「非保有依存国」であれば現実性を持ちうると思います。あとで日本を例にとって考えてみましょう。
 「枠組み条約」本体と「議定書」への加盟、発効プロセスは、1国的、2国間的、多国間的核軍縮交渉、あるいは新たな非核兵器地帯の創設とそのための交渉等といった地域的努力と同時並行的に進められたときに、活性化されるでしょう。

日本は「現状」から出発できる

 「枠組み条約」本体は日本の従来の主張を考慮すればすぐにでも締約できる内容です。その上で、たとえば日本が取り組んできた、被爆者援護や軍縮教育・啓発活動は議定書Bへの加盟によって新たな国際的展開の場を得るでしょう。また、NPT(核不拡散条約)の下でNPDI3を通じて取り組んできた透明性向上のための「標準様式の作成」などの活動は、議定書Cの制定に積極的に関与することによって加速されるでしょう。
 このように、日本がとっている現在の核軍縮・不拡散政策をそのまま出発点としながら、被爆国としての世界的な役割を強めてゆくために、「核軍縮枠組み条約」のアプローチは有用であると考えられます。私たち市民も、核兵器廃絶への展望をもって「枠組み条約」を持続的に活用して、日本政府に要求、提案してゆくことができます。
 日本政府は、国連総会決議に「反対」票を投じました。これは戦争被爆国である日本の歴史を顧みない許し難い行為であり、最大限批判をしなければなりません。同時に、日本政府には具体的行動として、「禁止条約交渉」に合流し、被爆者や市民、国際社会の期待に応えてほしいと思うのです。 
 ですから、私たちはこの「枠組み条約案」を示しながら、日本政府に禁止条約交渉に参加することをうながしています。(注:結果的に日本政府は3月27日、交渉には参加しない、という立場を表明しました。)

「枠組み条約」と北東アジア非核兵器地帯

 議定書AとDへの加盟の検討は、日本政府にとって米国の核の傘依存から脱却する道を検討することと密接に関係します。この文脈から、ピースデポも主張してきた北東アジア非核兵器地帯構想と「禁止条約」の関係を考えましょう。
 非核兵器地帯の中核的要素は、「核兵器の地域的禁止」です。さらに現実に引きつけていえば、「北朝鮮の非核化」を実現することです。「核兵器禁止条約」がなければ、これは北朝鮮に一方的に核計画の放棄を迫るというものになってしまいます。これに対して「核兵器禁止条約」があれば、北朝鮮の非核化の要求が、「世界的な核兵器の禁止」、つまり「核兵器はどこにあってもいけない」という規範と一体のものであるという明確なメッセージを、北朝鮮や関係国に伝えることができます。
 現に北朝鮮は、「世界が非核化されれば核兵器を放棄する」という意味のことを繰り返し述べています。
 前半の講演(本誌前号参照)で、石坂浩一さんは、米朝対話を再構成すること、日本政府もそこに前向きな関与をすることから始めて、朝鮮半島に平和への枠組みを定着させることで「核兵器の凍結から削減、廃棄への道筋が見えてくる」とのロードマップを提案しています。私もこの提案に賛成です。この提案を実現するためには、「地域的禁止」と「世界的禁止」を共鳴させるような原理と仕組み、これらが一つのパッケージを形成するような時間軸を伴うプロセスが必要になります。このパッケージに「核軍縮枠組み条約」あるいはそのための交渉プロセスを含ませることができれば、平和定着の基盤はより確かなものになり北朝鮮や韓国との交渉をより実り多いものにするでしょう。
 ポイントは石坂さんのいう「平和枠組みの定着」プロセスが、「まず北朝鮮の非核化を求める」のではなくて、北朝鮮の現状を出発点に「凍結、削減、廃棄」という道筋が考えられていることだと思います。「枠組み条約」も、現在の状況を出発点にできるという柔軟性があることは、先に述べたとおりです。つまり交渉開始時には、北朝鮮は「非核」でなくてもよい。その意味で二つのプロセスは互いにシンクロさせやすい関係にあります。
 このように「枠組み条約」というプラットフォームは、地域的な国際協調を通して、核兵器の全面的廃絶、つまり地域的・世界的禁止に向けた段階的プロセスに非常に有用だと思われます。
 そのようなプロセスが、ひいては日本と地域のすべての国にとっての安全保障を確かなものにし、「核兵器のない世界」の一部としての「核兵器のない北東アジア」を作り出すことにつながるのではないでしょうか。
(まとめ:編集部)
 
[付記]
 ピースデポは以上の条約骨子案を「提言書」としてまとめ、禁止条約交渉決議を主導した国々、日本、NPDI諸国や関係国、NGOに送付するとともに、国連「禁止交渉会議」に「作業文書」の形で提出しました(文書番号:A/CONF.229/2017/NGO/WP.7)。会議の第1会期(~3月31日)の議論は比較的簡単な「禁止先行型条約」を軸に進み、「枠組み条約」が交渉の机上に載せられることはありませんでした。しかし本提案の考え方には今後の様々な課題を考えるときの手がかりが豊富に含まれていると考えています(田巻)。


1 決議全訳は本誌508号(16年11月15日)。第1委員会採択時のものだが変更されていない。
2 第1会期:3月27日~31日、第2会期:6月15日~7月7日。
3 不拡散・軍縮イニシャチブ。参加国は日本、豪州、ドイツ、オランダ、ポーランド、カナダ、メキシコ、チリ、トルコ、UAE、ナイジェリア、フィリピンの12か国。