核兵器禁止条約交渉3月会期 浮かび上がる条約の輪郭  「禁止先行」を想定し議論 議長「7月に成案採択を」

公開日:2017.07.13

「核兵器を禁止し完全廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉する国連会議」(以下「交渉会議」)の前半の会期が3月27~31日、ニューヨークの国連本部で開催された。初日に日本政府が議場内、米英仏などが議場外で法的禁止への反対を表明したが、会議は、禁止条約を生み出そうという熱気に終始、包まれていた。具体的な議論が活発に行われ、議長が交渉会議閉幕時の7月7日に条約成案を採択することを明言して会期は終了した。


 会議には115か国超の政府代表が集まり、市民社会と学術機関からは計220人超の会議登録者があった1。ピースデポからは筆者(荒井)が参加した。

日本は条約反対を議場で表明

 会議は3月27日午前10時過ぎ、国連総会議場で開幕した。初日の午前の部のみ、ここが会場となり、以後は交渉会議開催を決議した昨秋の国連総会第1委員会と同じ「会議室4」に移った。
 冒頭、キム・ウォンス国連事務次長(軍縮担当上級代表)らの挨拶、フランシスコ法王のメッセージ紹介、ペーター・マウラー赤十字国際委員会(ICRC)総裁のビデオメッセージ紹介に続き、藤森俊希・日本被団協事務局次長が登壇。1歳4か月当時、広島の爆心から2.3km地点で母親と共に被爆したことを語り、「同じ地獄をどの国の誰にも絶対に再現してはなりません」「条約を成立させ、発効させるためともに力を尽くしましょう」と結んだ2。藤森さんの力強いメッセージは、翌日のサーロー節子さん(カナダ在住、広島で被爆)やスー・コールマン・ヘイゼルダインさん(豪先住民、英核実験で被曝)の発言と共に、会期を通じ、多くの参加者によって立ち返るべき原点として言及された。
 その後、ハイレベル・セグメントに入り、議長国コスタリカ、主導国のオーストリアやメキシコ、各地域グループなどを代表しての各国高官らの演説が続いた。最後まで参加態度を明確にしていなかった日本政府は、高見沢将林・軍縮大使が午前の部の終盤に登壇した。高見沢大使は、核兵器国・非核兵器国の協力の下での実践的具体的な核軍縮措置こそが有用との従来の主張を繰り返した。そして、禁止条約は核兵器削減につながらず、国際社会の分断を強め、北朝鮮の脅威など現実の安全保障上の問題の解決につながらないと批判し、核兵器国の交渉参加も望めない中では「日本はこの会議に建設的かつ誠実に参加することはできない」とした3。この演説への批判は次号で詳細に述べる。日本政府代表団はこの日の午後以降、会場に姿を見せることはなかった。
 一方、交渉会議開幕と同じ時間帯に国連本部の別の場所では、ニッキー・ヘイリー米軍縮大使らが同会議への反対を表明する会見を開いた4。ヘイリー大使は、核兵器のない世界が望ましいが、「悪者」に核兵器を持たせたまま「善良な」自分たちだけが持たないのでは自国民を守れないとし、禁止条約を作ろうとしている国々は「自国民を守ろうとしているのだろうか」と問うた。英仏の国連大使も核兵器禁止反対を表明した。韓国やアルバニアの大使らも同席したとされる。
 先に紹介したオーストリア政府代表は演説の中で、会議に欠席している核保有国や依存国を「大事なパートナー」と呼び、ヘイリー大使らの上記行動を意識して次のように述べた。「私たちの(禁止条約実現の)動きには(……)いくつかの大事なパートナー、特に核兵器国が懸念を持っている。今朝も彼らの言葉を聞いた。ここ国連に来て立場を説明してくれたことに感謝する。会場内で姿を見るほうがよかったが、こうした対話は必要で、彼らの懸念を受け止め、説得する必要がある」。そして、「国々や人々の安全を損ないたいと思っている者など、この会場には誰もいない。それどころか、核兵器を持つ国がなければ、どの国も―どの核兵器国も核の傘の下の国も―より安全になり、どの国の人々も安全になる」5と語った。
 ハイレベル・セグメントは、予定を超過して翌28日の午前の部まで続いた。

条約の姿をめぐり具体的議論が進展

 28日の午後から29日にかけては「一般的意見交換」の議題のもと、条約の「原則と目的、前文の要素」(主題1)、及び「中核的禁止事項:効果的法的措置、法的条項及び規範」(主題2)の各項目に沿って、政府代表と市民社会が発言した。
 当初予定よりも早く発言が終了したことから、30日は議長の提案で急きょ、主題1、主題2のそれぞれについて、前日までの議論を踏まえ、学術機関やNGOのパネリストからの問題提起を受けて自由討議が行われた。参加者が用意した原稿を読み上げるのではなく、その場で双方向的なやりとりを行う会議運営は、国連の会議の形式としては珍しい。ホワイト議長は最終日、この自由討議が非常に実り多かったと評価し、後半の会期でもこうした方式を取り入れたいと述べている。
 最終日の31日は29日までの形式に戻って、「制度的取り決め」(主題3)に関わる意見交換がされた。発効要件、脱退条項、留保、締約国会議、核保有国の加入条件などについて意見が出された。ピースデポはこの項目下で発言し、核保有国や依存国を巻き込む一方法として、核兵器禁止の法的文書を核軍縮枠組み条約の議定書として構成することも考えられると述べた。
 3つの「主題」のいずれにおいても、各政府代表は、条約の内容を具体的に考察、提案する発言を行っており、禁止条約についてより自由な観点から幅広い意見交換がされていた昨年の公開作業部会や国連総会第1委員会の審議時とは議論の性質が明らかに異なっていた。「一般的意見交換」と銘打ってはいたが、事実上、条約交渉が始まっている感があった。3本の項目立てはいわゆる「禁止先行型」条約を想定しており、各国とも基本的にはそれを前提として議論をしていた。国連決議採択から交渉会議開始までの間に水面下でかなりの協議がなされ、参加国がその方向でまとまるに至ったことが窺えた。

交渉会議閉幕時に条約成案を採択へ

 ホワイト議長は31日、会期を閉じるにあたって、5月後半から6月1日までの間に条約素案を提示し、交渉会議が閉幕する7月7日に条約成案を採択したいと明言した。
 2月16日の準備会合の時点では、少なくも表向きは、7月7日採択は可能性として排除されないという程度に過ぎなかったといえる(本誌516号参照)。会期が始まった当初には、スイスやスウェーデンから、もう少し長い期間をかけて条約交渉に取り組むべきことを示唆する意見も出ていた。しかし結局、いわば最短コースで条約交渉を終えることがほぼ確実となった。
 その理由としては、議長自身が30日の記者会見で語ったように、会議で具体的な議論が進展し条約を作り上げることが可能な見通しとなってきたことももちろんあるだろう。ただ、元々、主導国はなるべく7月7日までに条約を作るつもりだったとも聞く。その背景には、トランプ米大統領の政権運営が本格化し国連への締め付けが強まることへの危機感があるとも言われる。また、交渉会議参加国に対し核兵器国の一部から、経済援助などに絡めた形での「切り崩し工作」がなされているとの噂もあるが、交渉を長引かせないことで参加国の「戦線離脱」を防ぐ狙いもあるのかもしれない。
 交渉会議開催を決定した国連総会決議71/258の賛成国113は国連加盟193か国の6割に満たず、第1委員会採択時の賛成国123も3分の2には届かない。いずれの数字も「圧倒的多数」と言うには少し厳しい。そのような中、できるだけ早期に交渉を妥結して多くの署名国獲得につなげ、条約を少しでも盤石なものにしたいとの意向があると推測される。

市民社会の存在感

 核兵器の非人道性を出発点に法的禁止を求めるここ数年来の動きにはICANなどのNGOが大きな役割を果たしており、関連の国連決議でも繰り返し「市民社会の参加と貢献」に言及されている。今回の会議でも政府代表が口々に「この間の市民社会の大きな貢献に感謝する」旨、発言している。
 日本の市民社会も存在感を放っていた。藤森さんらの被爆体験に基づく訴えがあったのは前述の通りだが、このほかに、核兵器廃絶日本NGO連絡会、日本原水協、ピースボート、ピースデポという日本のネットワークないし団体から発言があった。さらにPNND(核軍縮・不拡散議員連盟)の一員として志位和夫・衆院議員(日本共産党委員長)が発言したのを初め日本からの参加者が国際組織を代表して発言する場面もあった。発言者以外にも、長崎の若者たちを含め20人あまりが日本から参加した。日本の報道機関も多くが詰めかけた。
 日本政府が禁止条約に消極的な中、被爆者をはじめとする日本の市民社会が、核兵器禁止条約の実現に向けて重要な主体(アクター)としての役割を果たしてきたのは確かだろう。今回の日本政府代表の不在と、対照的に多数の日本のNGOやメディア関係者の存在を前に、そのことが一層如実に感じられた。
 報道6によると「ヒバクシャ」という日本語由来の文言が条約前文の中に入る方向だという。これも日本の市民社会の貢献によるところが大きいだろう。
 次号では、前述した日本政府演説の詳細のほか、条約の中身につきどのような議論があったかを報告する。(荒井摂子)


1 3月30日エレイン・ホワイト議長(コスタリカ)の記者会見発言。ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の調べでは、期間中、132か国の政府代表が会場に姿を見せたという。
2 www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/seek/img/170327_uttae_Fujimori.pdf
3 www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/nuclear-weapon-ban/statements/27March_Japan.pdf
4 会見の動画:http://webtv.un.org/media/media-stakeouts/watch/
5 www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/nuclear-weapon-ban/statements/27March_Austria.pdf
6 17年4月1日「毎日新聞」(電子版)。