【寄稿】マーシャル核ゼロ訴訟は却下   国際司法裁判所「紛争はない」――再提訴の可能性も   山田寿則

公開日:2017.04.14

 2016年10月5日、国際司法裁判所(ICJ)はいわゆるマーシャル訴訟についてマーシャル諸島共和国(RMI)の訴えを退ける判決を下した。ビキニ被爆でも知られるRMIは、2014年4月24日に核保有9か国を相手取り、被告等が核軍備競争の早期停止と核軍縮の効果的措置につき誠実に交渉する義務の履行を怠っているとして、義務不履行の認定と判決後1年以内に効果的な核軍縮措置を取るよう命じることを求めて、ICJに提訴していた。RMIはこの義務を核不拡散条約6条およびこれと同内容の慣習国際法を根拠として主張した。
 裁判は被告9か国のうちICJの裁判を受ける義務を受諾している英印及びパキスタンをそれぞれ被告とする3事件について進められた。被告等は各自の事件につきICJの管轄権の存在や訴えの受理可能性を争う抗弁を提起したため、ICJはまずこれらの問題を審理し判決を下すこととなり、16年3月には口頭弁論を行い、判決が待たれていた。

紛争認定をめぐって僅差の評決

 今回の3判決はほぼ同一内容であり、その主文では、①原告と被告の間に「紛争」は存在しておらず、②本案(訴えの内容の審理)に進むことはできないとされた。「紛争」がない以上、法律的「紛争」の裁判を任務とするICJにはそもそも管轄権(裁判する権限)がないこととなり、他の争点を審理する必要もないため、これ以上裁判を続けることはできないという趣旨である。
 国際裁判では、本案に進む前に、訴えを審理する権限がその裁判所にあるかどうか(管轄権の問題)、訴えが適切になされているか(受理可能性)がしばしば争われる。今回の判決はこの前段階における判決であり、原告の訴えは完全に門前払いされた。
 この「紛争」の存否は3事件共通の争点であり、被告らは、原告から外交経路を通じての抗議や通告もなかったことなどを根拠として、提訴時に原告との2か国間で核軍縮交渉義務の履行をめぐっての紛争は存在していなかったと主張した。RMIは、事前通告や交渉はICJにおける提訴の条件となっていないし、提訴後の法廷における見解対立からみて紛争の存在は明らかであり、また提訴に先立つ国連総会や核兵器の非人道性に関する会議(2014年2月ナジャリット)等で核保有国の義務違反について指摘している等と反論した。
 ICJは、自らの判例を踏襲して紛争とは「法的又は事実に関する論点の不一致、法的見解の衝突」であることを確認したうえで、その存否は形式ではなく実質により決まるから、事前交渉や公式の抗議、提訴意図の通告も不要だとして、被告主張の一部を退けつつも、提訴時に「被告が自らの見解が原告により『積極的に反対されている』ことを認識していること、または認識していなかったはずがないことが、証拠に基づき示されている場合に、紛争は存在する」との基準を示した(認識テスト)。ICJはこの基準に照らしRMIの諸声明はこの要件を満たしていないなどとして、提訴時に「紛争」は存在していないとした。
 ICJは認識テストというハードルを課して紛争の存在を否定したが、判事間では大きく見解が分かれた(前記主文①の賛成・反対が対印・対パ事件では9対7、対英事件では8対8で所長の決定投票により採択)。反対した判事たちは一様に認識テストが従来の判例に反すると批判しているし、過度の形式主義だとの指摘もある。

再提訴の可能性

 ICJは一審制であり、これで裁判は終結した。新事実に基づく再審は例外的に認められるが、これとは別に、今回は「紛争」が存在しないと判断されたからRMIには再提訴の可能性がある。この裁判で被告らは自らの見解が原告により「積極的に反対されている」ことを明らかに認識したから、現時点ですでに「紛争」が存在しているとさえいえる。実際、複数の判事の個別意見では再提訴の可能性が言及されている。
 だが、RMIが直ちに再提訴に及ぶ場合、今回の判決がほぼ無意味となることをICJがどう判断するか、被告らが今後管轄権受諾宣言を撤回したり留保を付加する可能性はどうか、判断されなかった他の争点を克服できるかなど、検討課題は多い。何より再提訴へのRMIの意志も注目点だ。もちろん、新訴訟の原告はRMIに限定されるわけではなく、新たな決意をもつ別の国が原告となることを妨げるものではないし、被告も核保有9か国に限らないことにも注目しておきたい。