南シナ海紛争と軍事対立 米中の対抗関係は地域安全保障を脆弱化する

公開日:2017.09.28

紛争深まる南シナ海

 南シナ海における領有権紛争が複雑化している。とりわけ、中国が一昨年末から進めている南沙諸島(スプラトリー諸島)での大規模な埋め立てによる人工島の造成や様々なインフラ建設が、領有権紛争に関わる周辺諸国・地域や日米などの強い警戒を惹起している。かねてから「航行の自由」の保証を求めて中国を牽制する言動を続けてきた米国は、今年10月27日、中国が造成した人工島の12海里(国際法上、領海とされる距離)以内に米海軍艦船を航行させる「航行の自由」作戦の実施に踏み切った。
 こうした中、10月29日にはオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、南シナ海で中国が行っている活動と領有権の主張は違法だとして13年1月にフィリピンが提起していた国際仲裁手続きをめぐって、フィリピンの訴えを一部受理して実質的な審理入りを決定した。中国は「同裁判所に審理の権限はない」と主張し参加そのものを拒否しているが、同裁判所の審理は一方の当事国のみの参加で進めることが許されるため、11月24日から第1回の口頭弁論が開始された(同裁判所の仲裁判断には法的拘束力があるとされるが、中国は審理自体を認めず従わない姿勢を繰り返し表明している)。また、11月21~22日にマレーシアのクアラルンプールで行われたASEAN首脳会議の場でも、米中は互いを批判する一方、ASEANと中国の間で行われてきた南シナ海行動宣言の行動規範への格上げの議論は深まらなかった。南シナ海紛争は、法的・政治的な問題解決が曲折を繰り返す一方で、軍事的な緊張が確実に深まっている。

中国による埋め立てと拠点建設の状況

 南シナ海では、島嶼や岩礁の領有権と周辺海域の管轄権をめぐって、中国とベトナム、マレーシア、フィリピン、ブルネイ、台湾の6か国・地域が関わる紛争が続いてきた(地図を参照)。米国は領有権紛争については中立の立場をとっているが、中国の領有権の主張が米軍の自由航行や軍事的諸活動に対する制約につながると見て警戒している。
 こうした中で、近年中国が進めてきた埋め立てと拠点構築は、その急速なペースと規模の大きさにおいて突出しており、関係国は警戒と対抗を強めている。ここでは、米国防総省が今年8月20日に公表した『アジア太平洋海洋安全保障戦略』(以下、「海洋安保戦略」)1の「紛争地の埋め立て」という項目に基づいて、その現状を確認する。
 中国は、南沙諸島で占有している岩礁や低潮高地(干潮時のみ海面上に現れる岩礁や砂州)8か所のうち7か所で、13年12月以降に大規模な埋め立て作業を行い、今年6月までに2,900エーカー(約11.7平方キロ)以上を造成した。南シナ海での岩礁などの埋め立てでは、ベトナム、マレーシア、フィリピン、台湾が先行していた。各国の埋め立て面積は、ベトナム約80エーカー(約0.32平方キロ)、マレーシア約70エーカー(約0.21平方キロ)、フィリピン約14エーカー(約0.056平方キロ)、台湾約8エーカー(約0.03平方キロ)となっている(ただし、これらの埋め立て面積の出典は明記されていない)。これに対して、中国は埋め立ての完了を宣言した今年6月までの20か月間で、他の4か国が過去40年間に埋め立てた規模の17倍に達する埋め立てを行い、南沙諸島での埋め立て地全体のおよそ95%を占めるに至っている。
 中国は「すべての埋め立て地で埋め立て作業からインフラ構築段階、あるいはインフラ構築に向けた建設支援活動に移行している」(「海洋安保戦略」)とされ、大型艦船がアクセスできるよう海底を深く浚渫した停泊エリアの建設などが進み、また、ファイアリー・クロス礁では関係各国の中で最長の3,000メートル超とみられる滑走路を持つ飛行場建設が完了しつつあるとされる。ある報道は、建設中の滑走路3本と2基のミサイル発射装置が確認されたとし、最新鋭の第5世代戦闘機が利用可能な滑走路ではないかとのハリー・ハリス米太平洋軍司令官による米議会証言を紹介している2
 こうした埋め立てとインフラ建設について、9月22~25日に訪米した習近平・中国国家主席が新たに造成した人工島の「軍事化はしない」と発言するなど、中国は繰り返し「南シナ海の軍事化」を否定し、「航行の自由」を阻害する意図もないと強調している。例えば、中国外交部の洪磊(ホン・レイ)報道官は11月24日の定例記者会見で、「中国は一部の島しょで必要な防御施設を建設するが、これらは軍事化とは関係ないものだ。いかなる国を念頭に置いたものでもなく、国際法に基づき各国が有する南シナ海での航行と飛行の自由を妨害するものでもない」と述べている。こうした発言は、建設している軍事施設があくまで中国の主権や国土を防衛するための最低限のものにすぎない、との中国の立場を示しているとみられる。

中国にとっての南シナ海の軍事的意味

 では、中国による南シナ海での埋め立てと拠点構築は、どのような軍事的意味をもっているのだろうか。

1)南シナ海における戦力投射能力と軍事的プレゼンスの拡大
 「海洋安保戦略」は、人工島などの拠点構築によって、南シナ海での中国軍の戦力投射能力の拡大、中国海警局などの海洋法執行機関や海軍のプレゼンスの維持拡大、そして、造成された飛行場の活用による空母の持続的な作戦行動が実現する可能性などを、次のように指摘している。
「建設しているとみられるインフラにより、中国は南シナ海でより強力な戦力投射が可能となる。また、前哨基地により喫水の深い艦艇を停泊させることができ、南シナ海のより南に法執行機関と海軍のプレゼンスを維持することができる。さらに、飛行場を空母艦載機の分散飛行場[緊急時に緊急着陸できる飛行場]として利用することで、中国が同海域で空母を使った持続的な作戦行動を行うことができるような航空機の運用が可能になる。継続する埋め立て活動はまた、海洋法執行機関が南シナ海でより長期にわたる活動を維持する能力を支援することになる。」

2)核戦略との関わり
 南シナ海での中国軍の能力とプレゼンスの拡大は、より大きな文脈では、中国本土に対する米軍の接近を阻止し、自由な軍事活動を行わせないという中国軍の意図(米軍が「接近阻止・領域拒否」(A2/AD)戦略と名指すもの)に沿っているとの見方がある3。こうした観点からは、通常戦力における米中の対抗という文脈だけでなく、核戦力をめぐる対抗という文脈を見逃すことはできない。
 中国の核戦略の基本は、米国やロシアとの核戦略のパリティ(均衡)を目指すものではなく、米国に質量ともに遅れをとる核戦力の現状を踏まえ、米国による中国への核攻撃を抑止しうる核報復攻撃能力を維持するというものである4。中国が進める核戦力の近代化は、こうした目的の下で能力の不十分さを補うことを目指しており、報復核戦力(第二撃能力)の生き残り可能性の確保が重要課題とされている。そのために追求されてきたのが、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)戦力の構築と弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)活動の強化である。しかし、現在までのところ中国の海洋核戦力は遅れた状態にある。現在開発中のSLBMであるJL(巨浪(ジュラン))-2(射程7,400km)は、新世代原潜である晋(ジン)級原潜に搭載予定であり、13年に発射テストに成功して完成間近と見られているが、未だ作戦配備はされていない。一方、晋級原潜は現在4隻が作戦配備されているとみられるが、中国の潜水艦が長年抱えてきた航行時の騒音の大きさ(静穏性の低さ)という課題は、改良されてきたものの克服されるに至っていない5。とはいえ、米国防省諜報機関は、12月9日、戦略原潜パトロールが始まっていると初めて確認した6。なお、海南島三亜の榆林(ユリン)海軍基地には潜水艦が発進できる地下施設がある。
 こうした中で、米軍は、今年2月からフィリピンのクラーク空軍基地に最新鋭の対潜戦(ASW)能力と監視能力を持つ航空機であるP-8Aの配備を開始するなど、中国の潜水艦活動に対する情報収集・監視活動を強化している。さらに、日本の対潜水艦能力の強化やフィリピンやベトナムなど周辺諸国の警戒監視能力の強化も図っている。中国はこうした状況を自国の原潜活動を阻害するものと受け止めているであろう。この文脈から見ると、中国にとって南シナ海での拠点構築は、核攻撃原潜がもつ脆弱性を、対抗的な情報収集能力を高めたり、軍事的な作戦能力を向上させたりすることで補う目的をもつ可能性がある7。米国の「航行の自由」作戦も、中国から見れば自国の原潜活動を阻害し抑止力の構築を妨げるものと映るであろう。重要なことは、米中の核戦力をめぐる非対称な対抗関係が、南シナ海紛争に拍車をかける大きな背景要因となっているという点である。

「航行の自由」作戦で対抗する米国

 こうした中国の動向に対して、米軍は10月27日に「航行の自由」作戦を実施した。同日午前、米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」(母港:横須賀)が南沙諸島のスービ礁で中国が造成した人工島から12海里(約22km)以内の海域を航行した。これに対して中国は、陸慷(ルーカン)外務省報道局長が同日、米軍艦が「中国の主権と安全保障上の利益を脅かした」と批判した。
 米国の「航行の自由」作戦については、国防総省が今年3月にファクトシート(6ページ・資料に全訳)を公表して、その位置づけと立場を表明している。これによれば、米国政府は国連海洋法条約に反映されている国際法規範に則って「航行の自由」を含む海洋に関する権利を主張するとされ、「沿岸国が主張する過度な海洋に関する要求を黙認しない姿勢を示すため」に1979年以来、実施してきたのが「航行の自由プログラム」であるとされている。そこには、①外交上の協議や表明によるものと②米軍による作戦行動によるものが含まれるという。今回の米海軍の「航行の自由」作戦は、上記の②のうちの1つと位置づけられていることになる。だが、こうした米国の立場の正当性や「航行の自由プログラム」の実態については慎重な評価が必要である。実際、米軍による「航行の自由」作戦については、91年以降、毎年国防総省によって報告が作成され、同省サイト上で公表されているが8、そこには、期間中に同作戦の対象となった主張国とその「過度な主張」の内容の要約が紹介されているだけであり、実際の作戦件数やその具体的内容は記されていないため、作戦の実態は不明である。
 また、そもそも国際法規範に則って「航行の自由」を主張する米国の立場には、根本的な矛盾がある。なぜなら、米国は海洋秩序の基本枠組みを規定する国連海洋法条約に未加盟のままだからである(中国は加盟している)。82年に採択された海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)は、15年1月時点で167の締約国・国家連合をもつ普遍性のある国際条約である。米国の同条約未加盟という事実は、世界中に軍事力を展開する軍事戦略を優先して国際法の普遍性を軽視してきた米国の姿勢を反映している。オバマ政権になって、米上院では批准の提案がなされているものの、保守派の抵抗に遭って未だ承認されていない。こうした矛盾を維持したまま、「航行の自由」を掲げた米軍活動によって中国を牽制するという米国のやり方は、軍事的危機を招きかねず、地域の安全保障環境を悪化させる危険なものである。(吉田遼)


1 ”Asia-Pacific Maritime Security Strategy”、米国防総省HPから文書名で検索。
2 「ニューヨークタイムズ」、15年11月24日付。
3 例えば、米国防総省が12年1月5日に発表した国防戦略指針(「合衆国のグローバルな指導力を持続する―21世紀の国防における優先課題」。本誌394号(12年2月15日)に抜粋訳)参照。また、中国の「接近阻止・領域拒否」戦略と米軍の対抗戦略の詳細は、本誌408-9号(12年10月1日)参照。
4 米国防長官事務所『議会に対する年次報告―中華人民共和国に関する軍事・安全保障上の発展2015』、及び、本誌382-3号(11年9月1日)参照。
5 米議会調査局『中国海軍近代化』15年11月23日。
6 ビル・ゲイツ「ワシントン・タイムズ」(電子版)、15年12月9日。
7 この点に関しては、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)北京代表のマシュー・ドゥシャテルらによる分析が参考になる。
 http://www.sipri.org/media/newsletter/essay/july-aug-15-south-china-sea
8 http://policy.defense.gov/OUSDPOffices/FON.aspx