【特集:日本政府は核軍縮のための国連「公開作業部会」の前進に貢献すべき歴史的使命がある】  Ⅰ 参議院「国際経済・外交に関する調査会」参考人意見(口述原稿) ―梅林宏道

公開日:2017.07.24

2月22~26日を皮切りに、ジュネーブで核兵器のない世界の実現と維持に必要な法的措置などを実質協議する国連公開作業部会(OEWG)会議が始まる。この会議が実現した背景と歴史的な意義、そして日本は政治レベルの決定を伴う政策転換を行いつつ、この会議に被爆国として貢献すべきという主張を、本誌主筆・梅林宏道が参議院調査会で参考人として意見陳述を行った(2月17日)。その口述原稿を第Ⅰ部に掲載する。その前日、ピースデポは外務大臣に日本の参加と貢献を促す要請を行った。要請書全文を第Ⅱ部に掲載する。2月17日、日本政府は参加を決定した。第Ⅲ部に1月28日に開催されたOEWG準備会議資料の抜粋訳を掲げる。


第Ⅰ部

参議院「国際経済・外交に関する調査会」
参考人意見(口述原稿)
当日の発言は必ずしも原稿どおりではありません。
実際の発言は国会議事録を参照ください。

 貴重な意見表明の機会を頂き有難う御座いました。
 私は大きくは「グローバルな核軍縮外交の現状」と、それと密接に関係して「日本の核兵器依存政策の転換の必要性」という2つの話題について意見を述べさせて頂きます。

§グローバルな核軍縮外交の現状

1.核軍縮の停滞
 グローバルな核軍縮の現状は、何よりも核軍縮の停滞によって特徴づけられます。2015年のNPT再検討会議が合意文書なしに終わったことは、それを象徴する出来事でありました。実際には、その困難はより実質的なところに現れています。
 第一に、しばらく続いていた核弾頭数の削減が停止しているという現実があります。
 まず、各国の核弾頭保有数の現状を図表11でご覧ください。現在地球上に存在する推定15,700発の核弾頭の94%を米国とロシアが保有しています。ところが、図表22に見られる通り2010年頃までは漸減していた米ロの配備戦略核弾頭数の削減は飽和状態に達し、それ以後はほとんど削減されていません。新START条約により、米ロは2018年までに配備戦略核弾頭を1550発まで減らせる約束ですが、目標は事実上すでに達成されているにも拘わらず、米ロ関係の悪化によって、その先の削減の見通しが全くありません。
 第二に、逆に米ロとも、核兵器の近代化に巨額の投資をしている現実があります。
 米国においては、今後10年に核兵器の維持と近代化に3500億ドルを費やそうとしています。これは冷戦期をはるかに超える投資です。一方、ロシアにおいては、ソ連崩壊後の遅れを取り戻すための野心的な近代化が謳われ、その結果が顕著に現れ始めています。
 詳細はレジュメ3に掲げましたので省略しますが、少なくとも2020年代半ばまでを見通し、両国とも新世代核戦力の建設を進めており、核不拡散条約(NPT)第6条で定められた核軍縮義務を誠実に履行しようとしている兆候を見ることはできません。米ロ以外の核兵器国の動向も同様です。
 さらに第三の問題点があります。それは、NPT上の核兵器国である5つの国連安保理常任理事国、いわゆるP5の核軍縮への共同意思形成がどの段階にあるか、という問題です。2009年以来、NPT義務の履行に関してP5の実務者会議がほぼ定期的に開催されてきました。しかし、5か国の会議は核兵器削減について話し合う段階のはるか手前の状態に留まっています。フランスは米ロに次いで約300発の弾頭を有し、中国は260発を有していますが、米ロとの保有量の差は大きく、両国とも米ロがまず自分たちと同レベルまで削減する責任があると強調しています。
 私の見解では、米ロのそれぞれの核弾頭が500発になる点がメルクマールになると思われます。オバマ大統領は2013年のベルリン演説で配備戦略核弾頭を約1000発まで削減可能だと発表しました。同じ頃、ジェームス・カートライト元米軍統幕副議長(2007-11年)は、米国の安全を損なうことなく500発まで削減可能と発表しました(2012年)。5か国が削減を話し合うテーブルに着くということは、画期的な意味を持ちます。核保有数を決定する根拠となる核抑止論は、相互不信の下で最悪を想定する理論ですが、削減テーブルの実現はその前提を変えることになり、大きな変化を生む可能性があるからです。

2.核軍縮のための国連公開作業部会   (OEWG)の重要性
 このような核軍縮の停滞のなかで、マルチの核軍縮外交は、新しい展開を見せています。
 2010年NPT再検討会議最終文書は、NPT文書として初めて、核兵器使用の「人道上の結末」について次のように言及しました。「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなるときも、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」。これを受けて、2013年以来、核兵器の人道上の影響に関する3回の政府主催会議が開催されました。ノルウェー、メキシコ、オーストリアが開催国でした。これらの会議は、医学、環境、経済、社会などに関する事実ベースの情報や科学的知見を改めて再検討し集積する試みでありました。それらの過程で、新しい科学的知見も得られました。例えば、冷戦期において指摘されていた「核の冬」について、気象学者の最新のシミュレーションは、地域的な核戦争であっても、5年間にわたり地球上の穀物生産が10~40%低下する、いわゆる「核の飢饉」をもたらす可能性を示しました。
 これらの「人道上の結末」についての再認識は、核兵器の法的禁止への国際世論の高まりを生み出しました。
 このような経過の中で、メキシコ、アイルランド、オーストリアなどが主導して昨年12月7日、国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/70/33)が採択されました。決議は核軍縮交渉を前進させるための公開作業部会(OEWG=Open-ended Working Group)の設置を決定しました。部会に与えられた主要な任務を正確に読みますと「核兵器のない世界の達成と維持のために締結される必要のある具体的で効果的な法的措置、法的条項および規範について、実質的に議論する」という内容です。部会はジュネーブの国連本部において、2月、5月、8月の計15労働日の限度で開催されます。
 この部会は小さな始まりですが、核軍縮について「法的枠組み」を議論する初めての場となり、画期的な意味があります。
 しかし状況は複雑です。決議は賛成138、反対12、棄権34で採択されましたが、そこには意見の分岐の構造が明確に表面化しました。圧倒的多数の国が賛成したことは事実ですが、P5すべてが反対しました。バルト3国・ハンガリー・ポーランド・チェコなどNATOに加盟した東欧諸国の多くも反対しました。また、カナダ、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーなどNATO加盟の主要な西欧諸国とオーストラリア、日本、韓国というアジア太平洋の米国の同盟国すべてが棄権票を投じました。インドとパキスタンも棄権しました。投票の分岐の基本的な構造は明瞭です。日本が核抑止力依存の安全保障政策との整合性のために賛成できないと説明したことに現れているように、核兵器の保有国と依存国が反対もしくは棄権し、非依存国が賛成したことになります。<保有国・依存国>対<非依存国>という分岐です。

§日本の核兵器依存政策の転換の必要性

1.時代の要請
 マルチの外交努力の積み重ねの結果、やっと実現した核軍縮の「法的枠組み」の協議の場において、日本が果たすべき役割が問われています。戦時使用された核兵器の「人道上の結末」を体験した唯一の被爆国である日本が、核抑止力依存の安保政策のために「法的枠組み」の議論を回避するとすれば、日本に課せられた歴史的使命に背を向けることになります。日本はこの局面に正面から向き合い、日本の安全保障政策の核兵器依存からの脱却を構想すべきです。「法的枠組み」を巡る<保有・依存国>対<非依存国>の分岐の顕在化は、ブリッジ役を果たしうる有力な国の存在を必要としており、日本が政策転換によってその役割を果たすことができると考えます。
 日本が核抑止力に依存しない安保政策をとることを求める時代的要請は他にもあります。それは、北朝鮮が核兵器開発を合理化している論理を根本から批判し、北東アジアの安定的な非核化を実現するためには、核兵器国である米国や中国ではなく、核兵器に依存しない地域国家のリーダーシップが必要だからです。さらに、被爆者の平均寿命が80歳を超えた今、彼らの存命中に核軍縮問題における日本のリーダーシップを確立するという意味でも、現在のチャンスは、失ってはならないチャンスです。
 これは、事務レベルだけではなく、政治家レベルのリーダーシップが必要な局面であると考えます。

2.非核兵器地帯という選択肢
 中国の核実験(1964年)以来、日本の安全保障に関わる核兵器政策は<核武装>か<核の傘(拡大核抑止力)依存>かという2者択一論に支配されてきました。日本は、被爆体験に根差す強い反核世論の中で1968年に非核3原則と<核の傘>依存政策を確立し、一方でグローバルな核軍縮に努力するという政策の柱を立てました。
 しかし、非核兵器地帯を設立するという、<核武装>や<核の傘>のどちらでもなく、核兵器に依存しないもう一つの選択肢があります。非核兵器地帯は、1967年にラテンアメリカで初めて成立し、現在までに5つの地帯が国際条約によって実現している実績のある制度です(図表34)。すべての非核兵器地帯は、法的拘束力をもって少なくとも次の3要素を国際条約によって規定しています。①核兵器の不存在、②核保有国が地帯に対して核攻撃も攻撃の威嚇もしないという消極的安全保証、③条約の遵守、検証を保証する制度の確立、の3要素です。

3.北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ
 2015年3月、私がセンター長を務めた長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)は、3年間の研究の成果として北東アジア非核兵器地帯を実現するための方法論を提言しました。そこで提案された非核兵器地帯は、スリー・プラス・スリーと呼ばれる6か国条約を基本としたものです。この構想では、3つの地帯内国家(日本、韓国、北朝鮮)が非核国として地理的な非核地帯を形成し、3つの周辺核兵器国(米国、ロシア、中国)が地帯への消極的安全保証と核兵器不配備の義務を負います。
 これによって、関係国はウィンウィンの利益を得ることができます。日本は中、ロの核の脅威から自由になり、北朝鮮は米の核の脅威から自由になり、米国や韓国は北朝鮮の核開発を押さえこみ、中国は日本の核武装の懸念を払拭できます。国際社会は、北東アジアを引き金とする核のドミノ現象を防止することができます。核兵器の役割を実質的に低減し、グローバルな核軍縮に貢献します。
 これをいかに実現するかに関して、著名な国際政治学者であり米大統領の特別補佐官を務めたモートン・ハルペリン博士が、2011年、包括的協定というアイデアを提案しました。RECNAはこれを精査し、4章からなる包括的枠組み協定を提案致しました。協定の締約国は先に述べた6か国を基礎に、章ごとに適切な国を追加します。
 4章の内容は次の通りです。
 第1章:朝鮮戦争の終結の宣言と締約国の相互不可侵・友好・主権平等などの基本原則。
 第2章:核を含むすべての形態のエネルギー開発の権利と地域安定と南北統一に資するエネルギー協力委員会の設置。
 第3章:北東アジア非核兵器地帯を設置するための条約。
 第4章:常設の北東アジア安全保障協議会の設置。第一義的には枠組み協定の履行を保証し、他の地域安保問題の協議に資する。
 RECNAの提言は、十分な事前準備の後、6か国協議をこのような新鮮なビジョンをもって再開することを提案しています。
 北朝鮮を関与させる可能性はあるのか、という疑問が必ず出されると思います。私は、可能性は十分にあると考えます。北朝鮮の最近一年の言動を振り返ったとき、幾つかの関与の窓が開いていました。2015年1月に北朝鮮は核実験の中止と米韓合同演習の中止を取り引きする提案を米国に行いました。2015年10月には、朝鮮戦争の停戦協定を平和協定にする交渉を、李沫墉(リ・スヨン)外相が国連総会で行いました。この内容は他の機会にも繰り返されています。
 安保理における制裁問題に関心が集中せざるを得ない当面の情勢では困難が続くと思います。しかし適切なタイミングが到来すると考えます。その場合においても、日本がリードして米・韓と事前の合意形成を図ることが重要であると考えています。
 ご清聴有難う御座いました。

編集部注 1 ピースデポ・ウェブサイト内に掲載。
<www.peacedepot.org/theme/nuke/statement160217-figure1.pdf>
2 同上。 <www.peacedepot.org/theme/nuke/statement160217-figure2.pdf>
3 同上。<www.peacedepot.org/theme/nuke/statement160217-resume.pdf>
4 同上。<www.peacedepot.org/theme/nuke/statement160217-figure3.pdf>