日印、「核協力協定」に署名核ビジネスと軍事協力を「被爆国」の使命より優先した日本

公開日:2017.04.13

 「日印核協力協定」1(英文表題の訳として適切なので本誌はこのように呼ぶ。以下「協定」)は、前文と全17条の本文、2つの附属書から構成される。同時に「見解及び了解に関する公文」(以下「公文」)も署名された。資料1(2~3ページ)に協定の抜粋、資料2(3ページ)には「公文」の全文を示す2。

核兵器と原発の「同時拡散」

 「協定」交渉が始まったのは、2010年であった。この交渉には次のように国内外からの批判と懸念が表明されてきた。
 第1に、インドは核不拡散条約(NPT)にも包括的核実験禁止条約(CTBT)にも加盟せず、74年と98年に核実験を行い、核保有と軍拡を継続している。同国は、110~120発の核弾頭内にあるものを含めて、推定0.39~0.79トンの軍事用プルトニウムを保有している3のみならず、「核の三本柱」4の増強を進めている。「再処理」の包括的事前承認(第11条2)を含むインドとの核技術協力は、核拡散を追認・助長し核軍拡に手を貸すことに他ならない。
 第2に、先行する他の「協力協定」(13か国1機関)とも共通する問題だが、福島原発事故(11年)の原因究明も、被災者、被災地の補償と復興もなされない中で、国内の新設が止まっている原発を輸出することは、道義的に許されない。貧困や強権政治に呻吟しつつ、原発建設に反対しているインド民衆の現実を思えばなおさらである。
 「日印原子力協定阻止キャンペーン2016」(ピースデポも呼びかけ団体として参加)が発した抗議文と、広島、長崎市長による協定締結前の中止要請を資料4及び5(4~5ページ)に示す。

「ビジネスと軍事協力拡大」の論理が支配

 安倍政権が交渉を加速してきたのには次のような狙いがある。
 まず、政府と産業界は世界的な「インフラ需要の高まり」と市場獲得競争の激化を受けて、「官民一体の受注に向けた従来の取組を更に推進する」(「日本再興戦略2016」5)ために、大規模な原発建設計画を持つインドとの協定の早期締結を必要としている。また関連企業の国際的な合従連衡に伴い、米、仏などの原発輸出が日本企業の参加なしに実施不可能なケースが現実化しているという事情からも、協定締結が急がれている。
 他方、日印政府には、米国に同調して中国を牽制するために、軍事面での協力を強化するという動機が強く働いている。11月11日の首脳会談で合意された「共同声明」6は、両国の「長期的パートナーシップの永続的基盤」の相互提供を確認した。ここではエネルギー・インフラ面での協力と並んで、次のように軍事協力強化の方針が示された。「両首脳は、(略)安全保障・防衛分野における協力を一層強化する必要性を改めて表明するとともに、日印防衛装備品・技術移転協定及び日印秘密軍事情報保護協定という2つの防衛枠組み合意発効を歓迎した。」(「共同声明」第7節)
 このように「核協力」を支配するのは「エネルギー・インフラ・ビジネスと軍事協力」を軸とする日印の戦略的連携深化の論理である。インドの核技術の強化にパキスタンは神経をとがらせている。パキスタンの背後には中国がいる。「協定」は南アジアのパワーポリティクスに新しい不安定要因をもたらすであろう。

「核実験をすれば協力停止」は明文化されず

 安倍首相は、この協定は「インドを国際的な核不拡散体制に実質的に参加させる」ものだと話した(11月11日の共同記者会見)。その証左として首相が繰り返してきたのは「インドが核実験を行った場合には協力を停止する」との公約である。しかしこの公約は「公文」にも「協定」にも明文化されていない。
 まず、「公文」は「08年9月5日のムガジー・インド外相の声明」を「両国間の協力の不可欠の基礎」(1(i))と位置づけ、それに「何らかの変更がある場合」には日本が協力停止の権利を行使することができ(ⅱ)、インドが同声明に違反したならば、核物質の再処理は「(協定14条9に従って)停止される」(ⅲ)としている。(ⅱ)は核実験が協力停止の「理由になりうる」ことを示唆するものだが、(ⅲ)で日印いずれの側からもなしうる協力停止の対象は「再処理」に限られている。
 日本政府は、「核実験による協力停止」の公約を明文化する代わりに次のような方針を述べるだけである。「本協定は,終了を求める理由のいかんにかかわらず、書面による通告の日から一年で終了すると規定している[編集部注:第14条1]ことから、インドが核実験を行った場合には,我が国は,協定の規定に基づき,協定の終了につき書面による通告をインドに対して行い,その上で,本協定上の協力を停止する。」7
 ここで「公文」が引用する「インド外相の声明」とは、08年9月に核供給国グループ(NSG)8が、米印核協力協定を結ぼうとする米国の圧力に押されて、「NPT非締約国には核技術を輸出しない」という指針をインドに例外的に適用しないことを決める契機となった声明である(4ページ・資料3に抜粋訳)。この中で、外相が「核実験の一方的モラトリアムを継続する」と述べていることは事実だ。それに拘束力を持たせるためには、日印協定は「外相声明に違反した場合には協力を停止する」と明文化しなければならないはずだ。
 「協定」には他にも多くの問題がある。しかし何よりも重大なのは、日本が、「ビジネスと軍事協力拡大」という目的の前に「被爆国」としての使命と矜持を捨て去ろうとしていることだ。これは10月27日の「核兵器禁止条約交渉」決議への反対に通ずる、日本の歴史的使命への裏切りである。17年1月に始まる通常国会での「協定」承認を許してはならない。(田巻一彦)


1  「原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とインド共和国政府との間の協定」(Agreement between the Government of Japan and the Government of the Republic of India for Cooperation in the Peaceful Uses of Nuclear Energy)。
2 外務省「日印首脳会談」(16年11月11日)サイト。
     www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page3_001879.html
3 RECNA市民データベース。
  www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/datebase
4 地上発射弾道ミサイル、航空機搭載核爆弾、潜水艦発射弾道ミサイル。インドの核弾頭・運搬手段の概要は本誌502-3号(16年9月1日)。
5 首相官邸ウェブサイト。www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_zentaihombun.pdf
6 注2と同じ。
7 11月11日、野上内閣官房副長官の記者ブリーフにおける発言。注2と同じ。
8 核技術輸出国が形成する輸出管理のための緩やかな国際組織。48か国が参加(16年6月末現在)。