【連載「いま語る」72】「伝え続ければ願いは叶う」楪 望さん(フリーアナウンサー、広島県観光特使)

公開日:2017.09.14

 今年も8月に向けて、報道番組で被爆者、被爆二世の方の取材を計画しています。北朝鮮の核兵器問題のために核兵器に対する世間の関心が高まっているのを感じます。私には外国人の友人、とりわけアメリカ人の友人がたくさんいます。トランプ政権が誕生したことで、核兵器や戦争の話題も出るようになり、そこから広島の原爆の話になることがあります。アメリカの友人たちは日本の学校では見せないような惨たらしい映像を観てきた人もいると聞いています。その結果として原爆が引き起こした事実を知識として持っている気がしています。またアメリカの学校では、教えるだけでなく、「考える教育」が主流で原爆投下をあなたはどう思うかなど、問いかけやディスカッションをしながら授業が進められます。一方日本の人たちは、ニュースには敏感であっても、原爆は昔の出来事であり、今の日本にミサイルは飛んでこないと思っているように感じます。これは日本での取材を通じて肌で感じることです。この現状をどうしたらいいのか、何ができるのかずっと考えてきました。
 私は小学校の教員免許を持っているのですが、その教育実習先で子どもたちが戦争中に広島に爆弾が落とされたという事実しか知らなかったことにショックを受けたことがあります。原爆によって広島の人々がどうなったか、どのような思いを抱えてきたのか。事実を風化させないように私の口から伝えるのは、微力ながら私にできることの一つだと思っています。学習指導要領では担任の先生が社会科の授業をコーディネートできるので、原爆を取り上げることは先生の裁量に任せられる部分が多いと思います。広島出身でない教師の友人からどうやって原爆を教えていったらよいのかの相談を受けることがあります。広島で生まれ育った私には、雛鳥が親鳥を覚える「刷り込み」のように原爆のことが身に付いています。「はだしのゲン」を読み、平和公園で語り部の人から聞いた話を作文にし、原爆資料館で辛い思いをして見た展示を絵にしたりしてきました。これらのことを通じて、見たことや聞いたことの意味を自分なりに考えて表現することを通して創造性を育てる「創造教育」が私の記憶を定着させてきたと、いま振り返ってあらためて思います。もしかしたら、アメリカの学校での授業に似ているのかもしれません。だから教師の友人には「創造教育」を勧めています。子どもたちが自らの考え方を構築してゆく上で教師の責任は重大です。かつては学校で戦争賛美を教えられてきた子どもたちが戦前の社会を造りました。そうさせないために教壇に立つ先生には踏ん張ってほしいと思うのです。
 今年4月末、広島の原爆資料館の常設展示の入れ替えで、火傷を負った被爆者の姿を再現したジオラマの人形が撤去されるという出来事がありました。広島の人への電話取材では「再現人形」撤去には賛否両論があったと聞きました。しかし、子どものころから人形を怖い思いで見てきて、原爆が人の命と心を消し去ることの象徴であると考えてきた私には今回の撤去は衝撃で、残念であり、これでいいのかという気持ちです。怖さから学ぶこと、感じることも多々あると思います。
 最近、被爆二世の私の義理の叔父が、これまで話してくれなかったことを話してくれるようになりました。叔父の父が作った絵本(「原爆の少女ちどり」山下まさと作画、汐文社)の読み聞かせを関東圏の小学校、幼稚園で行うことを計画しています。この読み聞かせには親子で来てもらい、読後、感想を話し合い、私の世代の親に伝わったことが子どもに伝わったらいいなと思っています。
 原爆体験の継承活動で核兵器がなくなるのかはわかりません。核兵器廃絶には他にも方法があるのかもしれません。私の原爆体験継承への想いというのは、被爆者や被爆二世の眠っている叫び、その人たちが生き、記憶がしっかりしているうちに、そして私が生きている間にその記憶の箱を開け、伝えなければならない、ということだけです。継承活動に関わる人が増え、人の輪が広がり、その結果、核兵器廃絶への意識を持つ人が増えることを願います。
 いろいろな可能性が見えてきたと感じています。私は、毎年8月6日にブログに思いを綴っています。TwitterやInstagramでも発信していて、それを見た人が、今日が原爆の日だと気づいてくれる。それだけでもいい。ちょっとは考えるきっかけになってくれたらいい。YouTubeチャンネルでの被爆者インタビューの計画、原爆とは結びつかないような業界とのコラボの計画など、原爆体験の継承活動に注目を集め続けるために、これからも私なりの発信をし続けます。(談。まとめ、写真:山口大輔)
ゆずりは・のぞみ
広島県広島市出身、横浜国立大学教育人間科学部卒。大学での研究テーマは「平和教育」。被爆地広島で育った一人として、残された被爆者の声を次の世代へどう継承するかという観点から数多くの取材を行っている。現在はAbemaNewsフィールドキャスターとして、事件から政治まで様々なニュースの現場からの生中継リポートを中心に活躍中。